85 継承権
「覚悟は良いか?」
師範代が俺に最終確認をしてきた。
俺は、最強の格闘術と言われる岩清水闘術の門下生。
日々を訓練に費やすこと数年。先輩も同期も後輩も、全てを床に倒してここにいる。
門下生同士の果てしない戦い。それは全て、岩清水闘術の最終奥義の継承権を得る為の戦いだった。
俺の前に居るのは、高みの頂点に居る師範代。師範代に勝利することが出来たのなら、俺は夢であった最強の称号を得られる。
「はい、出来ています」
「そうか。蓄えは十分か?」
「はい、問題ありません」
二度の問いに答えると、師範代は笑みを浮かべた。
「ならば言葉では語らない。ここからは拳でだ!!」
師範代の覇気が一気に俺に襲い掛かる。
今、最後の戦いの火ぶたは切って落とされた。
晴れて最強の称号を手に入れた俺は今、道場の師範代としての道を歩み始めたばかりだった。
あの戦いの後、師範代は道場を去った。それが代々の掟であるという。
「ごめんください」
道場に客がやって来た。新しい門下生かと思い、俺は出て行った。
やって来たのはお堅いスーツの人物。申し訳ないが、心得も無さそうなので、うちは厳しいだろうと思った。だから率直に言った。それも相手を思ってのことだ。
「門下生を希望というのなら、ここは初心者にはつらいですよ。公民館の空手教室辺りをお勧めします」
「ああ、いえ。違うんです。私、こういう者で」
名刺を渡されたので目を通す。
「役所の方でしたか。それも税に携わる部署の」
前師範代からは、払うものは全て払っていると聞いていた。まあ、経営資金は代替わりしてもそのまま受け継がれているので、払い忘れがあっても多少の額なら容易も出来る。
「今日はどのような用事で来られたのでしょう?」
手続きなどは師範代が済ませているはずだが、何か不備があったのだろうか?
「はい。代替わりをした際に支払っていただく税金のご説明をしにやって来ました」
おかしなことを言うと思った。
「道場に関する支払いは全て滞りが無いと聞いていますが」
「はい。以前の方の未払いはございません」
ならば何も問題は無いと思うのだが……。
「ご説明させていただきますと、代替わりした際に税金を支払っていただくことになっております。こちらがその税の種類です」
紙を一枚、こちらに手渡してくる職員。固定資産税という見慣れたものから始まる税の名前に目を通していく。
「何々……。相続税、道場引継ぎ税、道場管理者税。門下生引継ぎ税に継承者税!? 仕舞には最終奥義継承税だぁっ!?」
今まで見たことも聞いたことも無いような税の名前に驚きを隠せない。
「はい。これらの税のお支払いは、受理されてから一週間以内に一括でのお支払いとなっております。因みにですが、金額はこちらです」
支払い用紙取り出し、こちらに向ける職員。
その金額に、俺は吹き飛んだ。
思わず「うっわっ」と声が出た。金額の多さにその声がリピートされていた。
強烈な一撃を受け、俺は立てそうもない。
頭の中ではスリーカウントが始まっていた。だが、動けない。次第にカウントがゼロになり、頭の中で声が聞こえてきた。
K.O. YOU LOSE!!