84 私は泣いたことが無い
突然だけれど、私は泣いたことが無い。
とは言っても、欠伸が出れば涙が出るし、目を開き続けていても涙が出てくる。
ここで言うのは、喜怒哀楽でということ。
皆と力を合わせて頑張って取った賞に、クラスメイト達が泣いて喜ぶ中、私一人が涙を流さずに喜んでいた。
感情が高ぶると涙が出ることがあるけれど、私はそういったことは無い。
悲しくて涙を流すなんて良くある話も、私には関係無かった。大好きなお爺ちゃんが死んだ時には、泣かなくて怒られたなんて理不尽な目にも遭った。
皆が涙を流して大笑いする芸人のコントでも、笑いはしたけれど涙は出なかった。
急ハンドルや、ジェットコースターに乗っても私は泣いたことが無い。
そう、私は泣いたことが無い。
そんな私は今日、友達と絶対に泣けると噂の映画を見に行った。
友達達はティッシュを持参で映画を見ていた。
友達だけじゃない。周りも聞き耳を立てればグスンと涙系効果音が聞こえる聞こえる。
結局、私は涙を流さなかった。
映画が終わり、部屋が明るくなる。
友達三人が目を真っ赤にしていた。
けれども私は普通だった。
「じゃ、お昼食べにいこっか」
「も~、泣き過ぎて水分必須なんだけど~」
「そうだね。でも、その前に……」
友達が会話し、私の方を見る。
「着替えだね」
友達が頷く。
私の鼻が真っ赤になっている上に決壊し、服がとんでも無いことになっているから。
「良い映画だった?」
友達の一人が私に尋ねた。
「良い映画だったよ。でも、泣けるかもって期待したけど、そこが残念だったわ」
私の言葉に、友達三人はそっかと言った。
「過去一垂れ流してるから、やっぱりこの映画は本物だったね」
「たしかに~」
「じゃ、渇く前に着替えよっか」
「そうね。全く……。着替えを六枚持って来て正解だったわ」
私は、五枚目の上着に着替えた。
そう、私は泣いたことが無い。
ただ、鼻腺が緩いだけ。