83 御社の手すり
「皆さまこんばんは。夜のニュース、次は話題のホットスポットについての話題です」
ニュースキャスターがそう言うと、画面が映像に切り替わった。
「皆さん、ご存知ですか? 最近手すりが熱いそうなんですっ!!」
コーナー担当のアナウンサーがそう言うと、目の前のビルへと向かって走り出した。
また場面は切り替わり、今度はビルの中へ。
「見てください。この途切れる事の無い行列を」
カメラが上に下にと動き、長い行列を映した。
それが終ると、アナウンサーが近くの人に尋ねた。
「すみません。こちら、どうしてこんなに行列が出来ているんですか?」
「ああ、これはね。皆、手すりを触りに来てるんだよ」
気の良さそうなおじさんがそう答えた。
「び、ビルの手すりをですか!?」
アナウンサーの驚き顔がアップで映される。
改めてビルの外観へと切り替わり、ナレーションが入る。
「人々が並んででも触りたいと集まっているビル。実は、とても不思議なビル何です。なな、なんと、階段と手すりしか無いんです」
一階に三か所の入り口があり、それぞれに最上階まで続く階段と手すりがある。
部屋と呼べる場所は無く、各階が蛍光灯で照らされているだけの不思議な建物。
次に、インタビューを受ける人々の映像が流れた。
何故手すりを触るためにこの列に? という問いかけに対しての人々の返答が次のこれだ。
「触ってい見ると、死んだ家内に触れられているような感じなんです」
「アイドルグループのまっきゅんと握手した時と同じ感覚なんです」
「初恋の人と握り合った手の感触と同じなんです」
「触れていると、愛しのあの人に撫で返されているような気持ちになるんです」
と、自身が好印象の相手に触れているようだと口々に言っていた。
触れると夢見心地になる、そんな不思議な手すりに、人々は集まっていた。
ここで再びアナウンサーに場面が切り替わる。
「では、私もちょっと触れてみたいと思います」
前後で並んでいる人達に会釈しつつ、手すりに触れるアナウンサー。
「あ、これ、大好きだったお祖母ちゃんとお爺ちゃんの手を思い出します」
懐かしさに、その眼から涙を零すアナウンサー。
そして、手すりに触れながら〆の一言を言ってコーナーが終った。
番組内のただのワンコーナーだったが、これがネット界隈で話題となった。
ビルのオーナーなどの情報が一切出て来なかったことが始まりだった。
そこから興味を持ち、更に人々が集まるようになった。
昼夜問わずの大行列。警察も動き出し、色々と対策はされたが、ここで新たな情報が出てきた。
最近、やたらと行方不明者が増えている。
個人個人の情報を物好き達が調べていくと、手すりのビルに行ったという共通点が出てきた。
けれども、店がある訳でも無い建物に行ったというだけの話で、ビルが行方不明事件と繋がっていると考えるのは飛躍し過ぎて、突拍子も無い話。
しかし、それでも好奇心で動く人はいる。
ビルに何かあるのではと、一人の男が真夜中にビルへ向かった。
二十四時間、施錠されている訳でも無いので、不法侵入という訳では無いのだが、男が行ってみると、あれだけ列を成していた人の姿が無い。
不思議に思いつつ、男はビルの中に入った。
人も機械も無く、ただ蛍光灯の輝きだけがある深夜のビル。音も当然無いのだが、男はたくさんの人の存在を感じ続けていた。
これは何かあると、動画配信を始めた男。
しかし、三か所とも回ってみても何も無い。起こらない。
やはり、噂はデマで、事件とも関係無かったようだ。
男はそう言って配信を終えた。
その後、男はこれまで触れていなかった手すりに手を置いた。
すると、置いた手から何かが自身に伸びていく感覚を感じた。
だけれども、自分の目には何もおかしなものは映らない。
気味の悪さで自分に限界が来たのだろうと、足早に帰ろうとするも、階段を踏み外してしまった。そのまま落ちるものだと思ったら、今度は手が離れない。
まるで、手だけを接着剤で貼り付けたようだった。
更に男を恐怖が襲った。
立ち上がろうとしていないのに、体がどんどん上へ、上へと引っ張られていく。
何事かと上を見上げてみると、自分の腕が肘まで手すりの中に入っていた。
助けて、助けてと叫ぶも、人なんて自分以外には誰も居ない。
そうこうしていると、片耳まで手すりに呑まれてしまった。
「出して。出して」
男の耳に、確かに悲痛な叫び声が聞こえた。
男は理解した。自分の考えは間違っていなかったのだと。だが、それが分かった所でどうにもならない。
男もまた、手すりの中に入り、助けを求め続けるからだ。
また一人、人が消えた。