80 ポット出
少人数の職場で、更には一番の若手である入社六年目の私は、一人残って仕事をしていた。
私がになっているのは主にデータ入力。高齢者ばかりの職場では、これが一番のネックになっているらしく、私にお鉢が回って来て、これが私の仕事に定着してしまった。
誰も居ない職場。広い空間にただ一人というのは不安を掻き立てられるものだけれど、それにはもう慣れた。
ただ一つを除いては……。
「よ、やってるな」
ポッという足音が聞こえ、居酒屋に気軽に立ち寄ったような台詞。
私はため息を吐いた。
「出てくるなよ」
「おいおい、そう言うなって。俺達の仲じゃないか」
相手の台詞にまたため息を吐いた。
私達はかれこれ一応五年の付き合いになるけれど、深い付き合いをしている訳じゃない。
相手は、この職場が出来た頃からあるポットに住んで居るお化けだ。所謂付喪神だ。
何時の頃からか、私がこうして一人で仕事をしていると、ポットからポッと出てくるようになった。
別にダジャレを言った訳じゃない。この付喪神の足音の効果音がこれなのだ。
「何だい、何だい? 独身独り身孤独な男の悩み事かい? ほらほら、話してごらんよ。ポッと口に出すだけで楽になるさ。満杯まで入ったポットもギュッと閉めても傾ければ中身が出る。案外漏れ出てるもんなんだよ。だから、溢れる前に言っちゃいな」
「いや、それは劣化して緩んでるだけだろ」
「はっは~、年寄りは色々緩むからね。こりゃまた一本取られました~」
昔、親戚のおじさんでこんな感じの人が居た。子どもながらにけっこう体力を持っていかれるタイプだったという印象が残っている。
「もういいからさっさと帰りなさいよ。別に話すことなんて無いから」
「そ~んな寂しい事言いっこ無しだぜ。もっと積み重ねていこう? 会話をさ。積み重ねれば高みに届くって。あ、因みにこれ、お年寄りの前で言っちゃ駄目な話ね。『早く死ねって言うのか~!!』って怒り出すから」
「分かった分かった。覚えとくよ」
適当にあしらいつつ、私は付喪神と会話を続けた。
こんな雑なやり取りだからか、面倒だとは思いつつも会話は続く。
しょうもない話や、互いの愚痴とか、内容はどこにでもある話だ。
「ん~、今日はこれくらいにしとこうか」
区切りが付いて、私は体を伸ばした。
「お、そうかい。じゃあ、一杯いっとく?」
飲みのジェスチャーをする付喪神。
「そうだね。でも、中身は残ってるのかい?」
「おっと、失念していた。どうだったかな」
ポットの中身の確認に戻る付喪神。
「大丈夫。さっき、満タンにしといたからさ!!」
ひょこっとポットから現れる見たこともないお化け。
私達は言った。
「「どちら様!?」」