78 自労機
深夜一時。俺はまだ会社に居た。
押し付けられた無理な締め切りの仕事。
手伝いを買って出るような相手は居ない。
省エネが叫ばれ、世界のためにと時間が来れば部屋の明かりは消される。
全員に支給されているのはヘッドライト。これで足元には気を付けろということらしい。
他の光源はパソコンだけ。白熱電球とは違う、熱の無い光だけが俺を照らしていた。
「あー、こんなの終るわけねーよ」
集中が途切れ、誰も居ないからと盛大に不満をぶちまけた。
すると、張り詰めていたものがプツリと切れたのだろう。腹が鳴った。
「よし、飯にしよう」
近場のコンビニへ行こう。そう決めた俺は部署を出た。
そして、夜食という名の晩飯をぶら下げ、社内に入った。
そしたら、妙に煌煌としている自販機を見つけた。
近付いてみると、何だか妙な自販機だった。
まず何が変かというと、自販機の横に人一人が入れるサイズの透明なケースが置かれていた。
古いSF映画で見るようなカプセルだ。上の方には管が繋がれ、それが自販機に繋がっている。
更に変だったのは商品だった。
「なんだ、これは?」
頭脳労働三時間六百キロカロリーとか、肉体労働一時間二千キロカロリーという標示。
本来の自販機なら金額が標示されている所がカロリーというのもおかしな話だった。
「いたずらか? それか、日本語表記の外国の通貨単位? にしても、この商品は一体……」
更によく見て見ると、硬貨を投入する所が無い。
代わりになのか、電子レンジの扉みたいなのが付いていた。
「仮にこれが自販機なら、ここから物が出てくるんだよな……」
と思ったけれど、なら横に繋がるカプセルは何の意味があるのか?
分からない。とりあえず、レンジの扉を開けてみた。
“料理を入れてください”
音声が聞こえた。
反応が遅い? いや、開けっ放しを注意する警告音声という可能性もあるな。
そう考えた俺は、気分転換の意味合いも込めて、頭脳労働六百キロカロリーを買ってみることにした。
「なるべく丁度が良いか。お釣りも出なさそうだし」
最初は几帳面さを出そうとしたのだけれど、残業中に余計な細かい計算なんてしてられないと思い、すぐに方針転換した。
目的のカロリーに近い商品を一つ。中に入れて扉を閉じ、点灯したボタンを押した。
すると隣りのカプセルに繋がる管から何かが出てきた。
「あ、足!?」
最初に足だった。そこからは人間の体がぬるりと出てきた。
如何にも頭脳労働という感じのタイプだった。
カプセルが自動で開き、中の人間が出てきた。
「食事、ありがとうございます」
直立したままそう言う男。
「まあ、よく分からないが、飯の分はしっかり働いてくれよ」
「では、指示をお願いします」
そう言われ、俺は指示を出した。
すると男はドンドン仕事を進めていった。
(これはロボットなのか? 見た目は中年。部長か課長でもおかしくない年齢だな。そもそも、うちの会社はなんでこんな自販機を?)
不思議で理解出来ないと考えていたが、それどころじゃなかったと、仕事を始めた。
俺が選んだ男は、仕事が早く、一人で二人分くらいの速度で仕事を進めてくれた。
そして、三時間が経った頃。
中年男は立ち上がっていった。
「時間になったので失礼します。またの食事をお待ちしております」
と直立したまま言うと歩き出した。
追いかけていくと、あの自販機のカプセルの中へと戻っていった。
アニメのように頭から吸い込まれ、そして自販機の中に戻ったようだ。
分からないことだらけだったが、一つだけ確かなことがある。
徹夜覚悟だったのが、無事に終ったという結果だ。
おかげで、出社までの数時間は家で過ごすことが出来た。
そして朝。不思議なことに、俺が見かけた自販機は影も形も無かった。
しかし、それからも俺は仕事を頼まれ、残業する機会に腹立たしいながらも恵まれた。
そこで分かったことだが、あの自販機は何時の間にか夜中に設置されているらしい。
夜中の買い出しに行ったら、何時の間にかそこに在ったからだ。
俺は、自販機を見つけると毎回利用した。
必要なカロリー分の食事を与えていれば、俺は会社で仮眠を取りつつ仕事を終わらせることが出来る。こんなに楽な事は無い。
そんな楽勝な残業ライフを過ごしていたある日、上司が俺を呼び出した。
態々個室に呼び出しなんて、何事かと思いながら部屋に向かった。
「君に一つだけ忠告をしておこうと思ってね」
「忠告、ですか?」
俺がそう聞き返すと、上司はテーブルの上に数枚の写真を並べた。
「写真なんて一体どうしたんで……」
写真に視線を向けると、俺は言葉を失った。
「そこに写っている者は皆、かつて君が入社する前にこの会社に居た者達だ。そして、ある日突然行方が分からなくなった者達でもある」
「え!? いや、でも……」
俺は写真の人達を知っている。そう、あの自販機から出てくる人達だ。
「実はね、私も知っているのだよ。あの自販機のこと」
俺はドキリとした。別に悪さをしているつもりは無い。けれど、秘密にしていたからだろう。
それと同時に不快さがこみ上げてきた。
「なら、どうしてあれを使わないんですか?」
あれを使えば残業代なんて払う必要が無いだろうにと。
「あれの怖さを知っているからさ」
「確かに気味の悪さが不思議な自販機ですけ……」
上司はフッと笑った。
「食事には気をつけるんだよ」
上司はそう言うと、俺の肩を叩いて部屋を出た。
あれからも残業をし続けた。俺は、楽が出来るからと、毎回あの自販機を使い続けた。
ただ、一つ変わったのは、手軽に高カロリーな料理を選ぶようになったことくらいだ。
そして、それはある日やって来た。
「さあて、今日もおまかせするよー」
高カロリーな料理を慣れた手付きで自販機の中に入れる。
何時もの人のボタンを押す。そうしたらすぐに出てくるはずなのだが、今回は何時まで経っても出て来ない。
そうこうしていると、突然のアラーム音が。
“人員を補充します”
何事かと思っていたら、カプセルの中から管が俺に向かって伸びてきた。
「うわっ。よせ、やめろっ!!」
払いのけようとするも、蔵は俺に巻き付き、頭にかっぽりはまってしまった。
そして掃除機がゴミを吸い込むように、強烈な吸引で俺を飲み込んだ。
とある日の夜。
「あーあ。今日も残業とかやってられないなー。でも、あれがあるから良いっか」
何も知らない社員がまた自販機を利用しにやって来た。