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なんだこれ劇場  作者: 鰤金団
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8 旅屋

 この世界に来てからもう何年になるだろうか。

 俺はこの世界では誰もが必ず関わる事になる旅屋という仕事をしている。

 俺自身がなろうと志したのでは無い。俺の意識がこの世界で目を覚ました時には、既に旅屋の職に就いていた人間だった。

 今日もまた親子がやって来た。

「グズグズするな。早く来い」

 リードを強引に引っ張って引き寄せるように、十歳の子どもの手を引っ張る父親。

 服はちゃんのしたものを着せてもらっているようだが、子どもはすっかり父親に恐怖している。

「頼む」

 父親は言葉少なに言うと、子どもを俺の前に出した。

「じゃあ、早速」

 俺は仕事道具の水晶越しに、今の自分には何だかよく分からない力を込めた。

「君、この玉に手を置いて」

 大人に囲まれてか、子どもの手は震えていた。

「もう離して大丈夫だ」

 子どもの手が離れた後、俺は水晶玉を見た。

「あなたの子どもは旅に出る必要はありません」

 出た結果を淡白に伝える。

「そうか。ありがとう」

 父親の声は震えていた。

「それじゃあ、帰ろうか」

 着た時とは違い、優しい声。力任せに掴んでいた父親の手は、子どもを支えるように背中に添えられていた。

 子どもは何が何だか分からないという様子で、帰っていった。



 また別の親子がやって来た。

「やあやあ、一つよろしく頼むよ」

 恰幅の良い父親だった。分かりやすく言えばデブ。

 その父親の子だからか、子どもも肥満児だった。

「パパ、これが終わったらお菓子たくさん買ってくれるんだよね?」

「ああ、買ってやるよ。たくさんな」

 仲睦まじい様子の親子のやり取りを聞きつつ、俺は、何時もの手順で仕事をした。

「あなたの子どもの旅はこれになります」

 俺は、旅の目的と行程が書かれた念書という紙を手渡した。

 これは、目的が果されるまで、渡された者が生きている限り傍にあり、破く事も燃える事も無い、今の俺には製造方法不明の魔法の紙だった。

「おお、これは大変だ。すぐに旅の支度をしなければ。出発は二日後だぞ」

 けろりとした様子の父親。子どもは現実を受け止められていないようだった。

「旅なんてヤダ。この後、お菓子たくさん買ってくれる約束してたじゃない。お菓子屋に行きたい」

 駄々をこねる子ども。

「五月蠅い。この偏食め。その性根を叩き直してこい!!」

 親馬鹿と思いきや、ピシャリと叱る父親。

 その後、泣きじゃくる子どもを引きずり、出て行った。



 次にやって来たのは、貴族の女と子どもだった。

「この子がどうなるのかを教えてくださる?」

 香水の香りがきつい女だった。

「さあ、あなたも挨拶をしなさい」

 そう言って挨拶をするように言うも、子どもは反応しない。

「母親じゃないのに偉そうにしないで」

 年の割には冷めた様子の子どもだった。どうやら、この子の父親の再婚相手という関係らしい。

 そんな相手が叱るから、子どもは面白く無いのだろう。

 こんなのと一緒に来たくなかったとばかりの態度。

 継母は、挨拶をしなかった子どもの頬を叩いた。

「ちょっと、何するのよ」

「礼儀を教えたまでです。あなたの振る舞いが、家よりも前に自分を貶めている事を理解しなさい」

 そんな説教をされても、関係の無い俺はどうすれば良いのか。

 間に入る事も出来ず、冷めた気持ちで待っていた。

「お店の中で騒がしくしてしまってごめんなさい。今日はよろしくお願いします」

 不貞腐れてはいるが、子どもはしっかりと挨拶をしてきた。

「調べる行為に怖い事は無いので、落ち着いてください」

 俺はそう言うと、何時もと同じように仕事をした。

 出た結果に、俺は驚いた。

「これがあなたの旅の目的と工程です」

「やっぱりね。どんな事をさせられるのか――」

 子どもは、念書に書かれたないように驚いていた。

「なんでこいつの足跡を辿らないといけないのよ!!」

 俺に聞かれても困る。

「これはあくまで憶測です。あなたはそちらのお母様にとても大事にされている。それの事実がこの結果となったのでしょう」

「ずっと嫌われるような事をしていたのに? こいつが私を?」

 母親を見つめる子ども。

「お母様も読んでください」

 俺からはこれ以上言う事は無かった。

「そうですか。では、旅の支度をしなくてはいけないわね」

 母親は何も言わず、俺に一礼すると出て行った。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 説明を求め、子どもは母親の後を追った。

「ああ、疲れた。今日はもう結果を纏めて店を閉めるとするか」

 俺達旅屋を束ねているのは、この国だ。

 国に人数と結果を報告する事で、旅に出る子どもの身分証が用意されると同時に、俺達への報酬が支払われる。

 店を閉め、俺はふぅっと息を吐いて考える。

「我が子に旅をさせまいと、十まで厳しくした後で、手の平を返したとして、その子どもは正しく育つのかねぇ……」

 子を可愛く思う余り、どうも本来の目的からずれている気がしてならない。

 まあ、生きる為の金がもらえれば、どうでも良いがね。

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