68 考える味 後編
「ああい。それでは両者の料理が完成しましたので、実食してもらいましょう」
司会者がそう言うと、まずはネルソンの料理がお三方の前に出された。
評価としては、皆が賛辞を送るほどに美味だった。流石一流。この腕なら客は集まる。もうこの味でなければいけない。等々。
もうこの時点で勝者は視聴者目線でも明らかだった。
しかし、例え分かり切った結果が待っていようとも、これは料理対決番組。一方の料理も味見をし、評価して優劣を付けねばならない。食べずに評価するなどという行為は、挑戦者を侮辱する非礼極まる行為なのだから。
「こ、これは……」
海千寺はマコちゃんの料理と対峙した時、覚悟に喉が鳴った。
「い、命に感謝……」
辞世の句とばかりに、涙を流す山羽刈。
「今までの報いなのか……」
懺悔とばかりに天を仰ぐ味見。その姿にチャラさは微塵も感じられなかった。寧ろ、歳以上に老け込んだようでもある。
そんな料理を生み出したマコちゃん。
彼女が作った一品は、子どもらしくとても自由な発想から生まれたものだった。
食材は番組が用意している。それにもちろんちゃんと食べられる物を用意している。
だから味付けという不安を除けばちゃんと食べられる。
繰り返しになるが、ちゃんと食べられるのだ。
だというのに、何故か出された料理には着色料など用意されていないというのに青かったりシルバーだったり、ゴールドだったりと、ありえない色が虹の色七色を越えて一つの皿に纏められていた。
これだけで審査員のお三方が先程のような行動をした理由が分かってもらえるだろう。
「さあ、マコちゃんの料理です。実食してください」
めちゃくちゃな自己紹介をしたお三方への仕返しか。司会者はノー配慮で急かした。
目の前の幼子を前に、皿をひっくり返すなど出来ない。
お三方は、心の中で南さんと呟き、料理を口に運んだ。
「おばあちゃ~ん。あのふっとい木の根っこみたいなのなんだったの~?」
「ありゃあね。とある地方の漬物なんだよ。名前はいぶりがっこだったかね」
「いぶりがっこ? いぶりがっこ!! なんだか面白い名前だね」
小さな子が、祖母に教わったばかりの漬物の名前を楽し気に連呼していた。
そのはしゃぐ様子に、おばあちゃんは複雑そうな表情を浮かべた。
「どうしたの、おばあちゃん。あ、頭痛薬の優しさが切れたのね? そうなのね?」
「いや、そうじゃないんだよ。実はね……。おばあちゃん、いぶりがっこって何か知らないんだよ。食べ物なのは分かっているけれどね、どんなのか知らないんだよ」
「でも、しょっぱかったよ。嚙み切れなかったけど、しょっぱかったよ」
小さな子の肩にポンと手を置き、おばあちゃんは言った。
「あのね、お漬物は噛み切れるんだよ。ちゃあんと食べられるんだよ。あれは、何だかよく分からない太い木の根っこを塩漬けにした食べ物じゃない何かなんだよ」
「ご飯美味しかったから、全然分からなかった~。じゃあ、一緒に出たもう一つのは何だったの? 馬って言ってたけど」
「ああ、なんこだね。あれは確かに馬だったねぇ」
「おっと~。何故か一口食べた途端にお三方が動かなくなってしまいましたぁ~。これはレスキューでしょうか? それともポリスメン?」
等と面白おかしく安否を気にする司会者。
「はっ!? い、今のは何だったんだ!?」
「おばあちゃん、孫に何食べさせたんだ!?」
「走馬灯? 今のは誰かの走馬灯!?」
現実世界に戻って来た三人は、互いに顔を見合わせた。
「一体あれは何だったんだ?」
「どんな設定のドラマ? いや、三人が同じものを見ていた?」
「三人の魂は繋がっていた!? もしや、ソウルメイトだったとか?」
お三方は、あれこれと議論を始めた。
「あ、あの~、皆さん? 勝敗を決めてもらえませんか?」
そうしないと番組が終わらないと司会者。
しかし、お三方はそれどころでは無い。
結局、勝敗が分からないまま、番組は終了した。
生放送では無いというのにこの結末。前代未聞の放送事故だとクレームが相次いだとか相次がなかったとか。
お三方が見たものの正体も分からない。
とても悩ましい結末となった。