67 追放者ギルド 後編
「あの見るからに悲壮感が漂っている人がどうしたんだ?」
さきほどの話と繋がらず、ポイスルは首を傾げた。
「あいつはな、魔王だったんだとさ」
「ま、魔王!?」
ポイスルは慌てて立ち上がり、剣を構えた。
「おいおい、暴力はいけないぞ」
「何を言ってるんだ。魔王だぞ。人類の敵じゃないか」
「それはまあ、古今東西そんなのばかりだが、ここじゃ意味が無い。それにあいつはそんなこと出来ない」
「出来ないって……。それでも魔王なんだよな?」
興奮状態のポイスル。オノカラーは、このままじゃ埒が明かないと考えた。
「おーい、魔王様ー。ちょっとこっちに来てくれよー」
「んだよー。我はまおうだったんだぞぉー」
覇気無く、ただの酔いつぶれた中年らしい声が、コップを持ち上げて反応していた。
「あれが……魔王……?」
その姿は、ポイスルが立ち向かった魔王とは違い過ぎた。
「まあまあ。一杯奢るからよ、新入りに身の上を聞かせてくれよー」
「ふへへっへ。あ、へんな笑い方をしてしまったぁ~。所詮我は酒の肴にお似合いの追放魔王だぁ~」
鼻を啜りつつ、コップを握りしめたままポイスル達の元へやって来た魔王。
「やあ、新入り君。我はね、なな、なぁ~んとぉっ。魔王だったのさー。我はねー。皆が明るく暮らせる国を作ったいだ~いな魔王様だったのさー。人間とも仲良しでねー、互いの種族で結婚して子どもまでできるくらいだったんだよー」
「え、なのにこんな所に?」
種族の垣根を越えた世界を作ることに成功するほどの手腕で何故? とポイスルは不思議だった。
「混ざり合った新人類がさ、反旗を翻したのさ。我を除いた人類の連合さ」
「は、え?」
ポイスルは理解出来なかった。何も問題が無さそうな世界だというに、何故魔王だけが敵とみなされたのか。
「皆がさ、言うんだよ。『環境を自在に操作出来るその力は脅威だ!!』ってさ。それで全人類が翻してきたんだよ、反旗。自分の腹心まで寝返った時には笑ったね。え、我、一人!? ってね」
「け、けれど、お前は皆が住みやすい世界になるように頑張って来たんだろ? 自分の所だけじゃなく、人間や新人類にも住みやすい世界作りをさ」
「そうとも。日照りなら雨を降らせ、日照不足なら適温で空を輝かせたさ。新入り君は知ってるかい? 舌にピリリとくる料理だと思ったら、それには痺れ薬が入っていたと知った時のショックをさ。ツボを刺激するマットだと思ったら、体重が乗っかりきったら毒針が出てくる暗殺マットだった時の衝撃とかをさ」
「ちょ、やめ……。もう聞きたくない……」
自分の境遇が優しく感じるくらいの酷い仕打ちに、ポイスルは耐えられなくなった。
「な、分かっただろ? この魔王様は古今東西の話に出てくるような魔王じゃないんだ。善良な魔王だったんだよ」
「そうだな。なあ、あんた。名前は何て言うんだ?」
ポイスルは、自身の世界で戦った魔王と同じ呼び名で話をする訳にはいかないと感じていた。
「我の名か? 我はシハイーンだ。新入り君の名前は?」
「ポイスル。勇者だった男だ。先ほどは剣を向けてすまなかった。シハイーン」
「何、魔王と勇者というのなら、当然のこと。寧ろ、古今東西敵対はあいさつと同意だ。気にすることは無い」
シハイーンはとても気の良い魔王だった。
「よし、決めた」
ポイスルの中で、新しい目的が生まれた。
「場に居る皆に聞いて欲しい。今来たばかりの新入りが何をと思うかもしれないけれど、耳を傾けて欲しい」
ポイスルの呼びかけに、全員が視線を向けた。
「聞けば、俺達はそれぞれの世界から追放されたはみ出し者だ。世界は俺達を悪だと判断した。しかし、自分の胸に問いかけて欲しい。本当に自分達は、世界を追い出されるほどのことをしたのか? 俺は世界を救った。元の世界の人間は、この力が恐ろしいと追い出した。そんな俺は悪なのか? 皆も自分に問いかけてくれ。自分達は悪とされるようなことをしたのかと」
ポイスルの呼びかけに場が静まり替える。
「俺は、被害を押さえるために腕を磨いただけだー」
オノカラーが叫ぶ。
「私も、どんな傷でも治せるようにと頑張っただけよ」
治癒師は言い終わると一気飲みした。
「俺は万人が満足する料理を作っただけだー」
「人に空を開いただけだー」
皆が口々に自身の行いを叫ぶ。
「シハイーン。あんたはどうだ?」
「我……か? 我は……。我は……」
シハイーンは問われ、身を震わせた。
「我は……。平和な世界を作っただけだぁぁぁぁ!!」
込められた感情の吐露に、場に居た全員が雄叫びを上げた。
「取り戻そう。俺達を。追放した世界に、その判断が間違っていたと知らしめるんだ!!」
空気を震わせ、皆が叫ぶ。
「俺達は仲間だ。俺は今ここに、追放者ギルドを作る。賛同する者は俺に付いて来てくれ!!」
ポイスルは高らかに宣言した。
この日、ポイスルという旗印の下に追放者ギルドという組織が発足した。
その後、彼らは世界を越えた活躍をするが、それはまた別の話である。