7 強襲 バナナ星人
昼と夕方の狭間の時間に飲むミルクチーが、いけてる俺に癒しを与えてくれる。
優雅にあと一息な時間を過ごしていると、騒々しい音が玄関の方から聞こえてきた。
「おいおい、何処のどいつだ?」
俺の子分の向山しか、こんな入り方はしない。
そして、こんな登場の仕方をする時は、決まって厄介事を持ち込んでくる。
勢いを殺さず、俺の居る部屋の扉が開く。
「ほんとにどいつだぁっ!?」
入ってきた奴を見て、開口一番にツッコんでいた。
向山は残念なイケメンじゃない顔をした男だった。
けれど、目の前に居る奴は違う。残念なイケメン顔の男だった。
そして気になるのは、後頭部の武士のような不自然に棒状の形に整えられた髪だった。
「あにきぃっ」
騒々しい奴の声は向山にとてもよく似ていた。
「俺はあんたの兄貴じゃない」
「……おにいちゃま」
「それならよ……くねぇよ。ときめきそうな呼び方をするんじゃねぇ。って、えぇぇぇ!?」
俺が何故こんな驚き方をしたのか。驚きの余り、ホットなミルクチーがズボンを濡らしたじゃないか。時間が経っていて、温くなっていてよかった。
と、そんな余計な情報はどうでもいい。今のは、俺が向山と何が楽しいのか分からないが繰り返してきたお決まりのやり取りだった。
これが出来るのは、世界でも俺と向山の二人だけ。それが理由だ。
「分かってくれたか。おにいちゃま」
「分かったが、更にあざとさを出しつつ呼ぶんじゃねぇ。野太声甘えイケメン弟属性を付けるな」
「そこまで評価してくれるなんて嬉しいぜ、あにきぃ。けどな、俺は妹のつもりで呼んだんだぜぃ」
尚悪かった。
「……まあ、この際もういい。それでお前、その顔はどうしたんだ?」
「そうだった。あにきぃ、出たんだよ。バナナ星人がよぉ」
「すまん、何だって?」
「だからよぉ、バナナ星人だよぉ」
俺は耳の穴に指を突っ込んだ。大丈夫、詰まっていない。
広げて頭を振ってみたが、水の一つも出て来やしない。聞き間違いか、バナナぐらいなサイズの物が耳の穴に入っていた訳でも無い。
「向山ぁ、病院行こうぜ」
「こんな時に行ってる場合じゃないぜ、あにきぃ」
「俺のじゃねぇ。お前の病院だよぉっ」
早くズボンを変えたいのだが、向山のボケが終わらない。このままではお股が臭くなってしまう。
「俺は生まれから一度も病院なんてもんとは無縁な男だぜぇ。それよりもバナナ星人の話を聞いてくれよぉ」
こいつの複雑な家庭事情に触れるつもりは無い。どうやらよっぽど聞いて欲しい話らしいから、渋々聞くとしよう。雑巾はどこに置いたか……。
「聞くから話してみろ」
そう言って促すと、向山は話し始めた。
「ここに向かう途中、空からバナナボートが降って来たんすよ。それが目の前まで降りてきたら、今度は中から二足歩行のバナナが出てくるじゃないっすか」
まず、二足歩行のバナナが分からない。自身の環境に耐えきれず、妄想に逃避したのか?
「それで挨拶をしたら、話せる奴じゃないっすか。意気投合して、一皮むいてもらったんすよ」
「あのだな。お前の話が全て真実だとして進めていくぞ」
「まだ信じてないんすか、あにきぃ」
「こっちはお前の荒唐無稽な話を聞くだけで眩暈がしてくるんだよ。とにかくだ。バナナボートが目の前降りてきた時点で逃げなかったお前がすげぇよ。その上、会話して意気投合できたのもすげぇ。お手上げだ。その上で聞くが、一皮むいてもらったってぇのはどういう事だ?」
「今の俺が向けた俺っすよ」
自分の姿を見ろと向山。
「つまり、俺の知る向山からその姿になったのはむいてもらったからって事だな?」
「そうっす。なんだぁ、あにきぃ分かってるじゃないっすか」
うるせぇ。こっちは分かりたくねぇんだよ。
頭を抱えていると、外の方でドンドンと音が聞こえてきた。
「あ、待たせてたっす。ちょっと待ってて下さい」
チャイムも鳴らさない妙な奴に怪訝な顔をしたら、向山がそう言って部屋を出た。
「これ、俺の夢って事にならねぇかなぁ。夢でも嫌だけどよぉ」
天井を見上げ、俺は願った。
「待たせたっす、あにきぃ」
向山が帰ってきた。
「おお、何だったんだ? ってえぇぇぇぇぇ」
着ぐるみなら良かった。だが違う。バナナが二足歩行していた。
「あなたがあにきぃさんですか。始めまして、バナナ星人です」
好青年な声のバナナだった。
「あ、ああ。始めまして。ああ、始めまして……」
驚き過ぎて、同じ事を繰り返すのがやっとだった。
「おお、向山とは違う挨拶だ」
妙な所で喜ぶバナナ星人。
「いや、挨拶は挨拶だが、普通は二回も繰り返さない。俺が現実を受け入れられなくて繰り返しただけだ」
「そうでしたか。ですが、安心してください。バナナ星人は実在してますよっ☆」
キラッ!! と効果音が付いた気がした。
少しイラッとしたおかげで、俺は冷静にバナナ星人の姿を見る事が出来た。
(見た目はまんまバナナなんだよなぁ。手足以外は……。そういや、向山と後頭部が同じだな)
バナナで考えると、向山もバナナ星人も、そこからむけるという事だ。
「なあ、その頭の部分。むけるのか? むけたら、どうなるんだ?」
向山はイケメンに変わった。バナナ星人はむけたらどうなるのか。
「むいたら、こうなるよ」
バナナ星人はそう言って、頭に手を伸ばした。すると中から恰幅の良い人が出てきた。
「凄いな。バナナ星人」
直接見たからか、妙な感動が生まれていた。
「まだまだいけるんだ、あにきぃ」
そう言うと、更にむき始めた。
次はイケメンに。だが、まだ終わらない。ぶさいく、やせっぽっちと変わっていった。
「凄いな。むくほどに細くなって、外見が変わっていくだなんて。しかし、それじゃあバナナというよりも玉ねぎだな」
「タマネギ!? ここには奴らが居るのか!?」
えらい勢いでバナナ星人が詰めてきた。
「いや、野菜の玉ねぎの事を言ったんだ。と言っても分かるか? こういうのなんだが」
タブレットを操作し、バナナ星人に見せる。
「これはタマネギ星人とそっくりですね。これとあなた達は意思疎通をしているのですか?」
「いや、野菜だからな。野菜と話せる奴はいないな。バナナ星人とタマネギ星人はそんなに仲が悪いのか?」
「はい。タマネギ星人は、自身の皮をむく度に周囲に涙を流す成分を飛ばすんです。そのせいで私達バナナ星人にも風評被害があるんです」
皮をむく奴には泣かされる、みたいな感じだろうか。宇宙では、そんな問題が起こっているのか。
「所で、どうしてここにバナナ星人を連れてきたんだ、向山?」
少し遠回りしてしまったが、俺にとって重要な事を尋ねた。
「そりゃあ、あにきぃにバナナ星人を紹介したくてですよ。それと、お誘いです」
「誘い? そりゃあ一体、何のだ?」
「今日から一緒にバナナ星人になりましょうぜ。さあ、やっちゃって」
向山の合図で、バナナ星人が昔の特撮の怪しげな光線銃みたいなのを向けた。
「おい、それは誘いじゃなくて強制だろうがぁぁぁ」
俺のツッコミは届かず、バナナ星人が引き金を引いた。
痛みは無く、本当に一瞬だった。
「あにきぃ、早速一皮むきましょうよ」
「ああ? 何を言って……」
バナナ星人が部屋の姿見を俺の前に持ってきた。俺目線でバナナが映っていた。
「さあ、あにきぃ」
向山の声に、俺は後頭部に手を伸ばし、そこから上へと動かした。
そして、手慣れた動きで、俺は手を下ろした。
「フレェェェェシュッ」
むける快感、爽快感。
宇宙規模でいけてる俺が生まれた瞬間だった。