64 階段話
とある劇場。舞台の中央には一枚の座布団が置かれていた。
舞台袖から、今回唯一の登場人物が着物姿でご登場。
客は割れんばかりの拍手で彼を出迎えた。
座布団に正座すると、深々と客席に頭を下げた。
体を起こすと、彼は話を始めた。
「やあやあ、皆様方。最近やっと涼しくなってきましたね。私なんてね、あんまり暑いもんで、ネタが浮かばないなんてことがありましたよ」
観客席に耳を向ける彼。
「え? 歳のせいで頭にガタが来たって? お客さん、それを言っちゃあお終いよ」
招くような手付きと共に彼は言った。
「とは言いますけどね、私もそれなりに歳を重ねてきましたよ。若い人達の間じゃあ、ピコピコに倣ってレベル、なんて言い方をするそうですけどね。私としちゃあ、階段という言い方がしっくりくるしだいです。もうね、生まれたての頃の景色なんてとんと忘れてしまいましたよ」
ここで彼は観客に耳を向けた。
「え? 目なんか開いちゃいなかっただろって? そうですね、右も左も分からない世界に出てきたってんだから、オギャーっと泣くしかなかったですね。そもそも、ゼロ歳児に階段なんて危なっかしくていけません。それこそレベルが足りないというもんです」
ここで彼は懐から手ぬぐいを取り出し、額に当てた。
「まあ、何にせよ、一段一段登り続けてここまで来ましたが、最近思うんですよ。思えば遠くに来たもんだってね。え? どこかで聞いた台詞だって? 誰が言ったか存じませんが、昔から言われいる言葉ですからね。とまあ、そんな昔から言われていることを言うほどに、私も歳を取りました。おかげで腰や足にもガタが来ましたよ。若い頃よりも階段の角度が急になっているように感じます。いやあ、一年が早い、早い」
ふうっと息を吐くと、彼は手ぬぐいを懐にしまった。
「それに加えて年々高くなっていくでしょ。わたしゃもう、震えて来ちゃいましてね。え? それは膝にきてるだけだって? そりゃあ、落ちないように必死なんです。余計に疲れも堪るというものですよ」
彼はふうっと息を吐いた。
「さてね、後はお天道様まで平穏無事に行って、気分良く寝たいもんです。え? 話がどこに向かっているのか分からないから白けてきたって? こりゃあ、踏み外してしまいましたかね。じゃあ、ここらで階段落ちということで終わりとさせていただきましょう」
そう言うと、彼は席に座った時と同様に頭を下げた。
まばらな拍手。
彼はしっかりとした足取りで舞台袖へと戻っていった。