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なんだこれ劇場  作者: 鰤金団
64/166

61 筆踊る

(不味い……)

 ペンを握ったまま、原稿用紙と向き合い続けて何日が過ぎただろう。

 睡眠という機能を使わなくなってどれくらいの時が過ぎたのか。

 目の前にあるのは、ペン先で何度も突いた後があるだけの原稿用紙が一枚。

 私の背後には、埋めなくてはならない原稿用紙があと一九九枚詰まれていた。

 つまりは、一文字も書けていないのだ。

 期日はもう過ぎている。家の電話と携帯電話が競い合うように鳴り響く。

 知らせの振動が今や、強い揺れのように私の体を震わせる。

(ああ。どうしよう。どうすれば良い……?)

 助けを求める相手は正義のヒーロー? それとも偉大な文豪先生達? それとも三大宗教で崇め奉られている存在だろうか?

 いや、違う。助けを求める相手は自分自身。今、溺れて藁をもつかもうとしている沈みゆく自分自身だ。

 自分が書かねば用紙は埋まらず、線を引かねば文字にはならぬ。

(書け。書くんだ!!)

 精一杯叫び続け、私は握ったペンを見つめた。

 その時だ。

「よう、おっさん。そんなに強く握られてちゃ、動くことも出来ないぜ」

 軽そうな若いあんちゃんの声。

「だ、誰だ?」

「こっちよ、こっち。握りしめてるだろう? それだよ」

 その言葉通りの行動の先にあったのは、私がずっと愛用していたペンだった。

「お前、付喪神になったのか?」

「ノンノンだぜ。俺とおっさんは一心同体。だから心が通じ合っているのさ」

「そ、そうだったのか。それにしても、まさかこんなにも若い性格をしていたとは……」

 自分の持ち物の性格に驚きを隠せない。

「さあ、始めようぜ。俺とおっさんで踊るのさ。さあ、力を緩めて解放するんだ。俺達で世界を創ろうじゃないか」

「そうだな。ああ、そうだとも」

 私はペンに言われ、手の力を緩めた。

「動く。動くぞっ」

 信じられなかった。ペンの言葉通りにしたら、本当に腕が動き出したじゃないか。

 怖いものは無い。進められる。私はまだ、前に進めるんだ。

 私達は踊った。

「ふは。ふはははは」

 笑いが止まらなかった。時間を忘れ、ペンと踊り続けた。



「ふが!?」

 間の抜けた自分の声に飛び起きる。

「私は……。寝ていたのか?」

 作業がはかどり過ぎて、限界まで作業をしていたらしい。

 まだぼやけた頭で呆けていると、携帯電話が振動と共に鳴った。

「はい、もしもし?」

 思わず出てしまった。

 編集さんの声だ。えらく焦りと怒りが込められていた。

 けれど、問題無い。私は書ききったのだから。

「大変遅くなりましたが、大丈夫です。はい、終わりましたから」

 編集さんがすぐに取りに来ると言う。

「さて。じゃあ、纏めておくか」

 電話を切り、手渡す支度をしようと原稿に目をやった。

「んがっ!?」

 言葉が出ない。原稿用紙は確かに埋まっていた。埋まっていたのだが、私が思うそれとは違う方向だった。

 用紙いっぱいに線が引かれている。それも、二〇〇枚全てにだ。

 確かに、私達は踊り続けていた。

 二〇〇枚の落書きの中、私は途方に暮れている。

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