57 くさい足
「はぁ~」
今日も憂鬱だ。おかげで最近、野菜のような軽いものしか食べていない。
職業柄、子ども達が集まる場所に行くのだが、それが問題だった。
とある一人の子どもが、私の足に執着しているのだ。
小さな子どもがしょうもない下ネタを喜ぶような感じで、その子は私の脱いだ靴の臭いを嗅い言うのだ。
「くさい、くさい」っと。
出先の監督者の目もあるし、その子の親御さんだって靴に鼻をツッコんでいる事を知ったら私にいい気はしないだろう。
何より、私はその子どものおかげですっかり臭い人と他の子ども達に呼ばれるようになってしまった。
と、ここまではまだ始まりに過ぎない。
この間向かったら、その子は私の足に抱きついてきた。
足を振って飛ばす訳にも行かないので、私は引き剥がそうと頑張った。
けれども、ちゃんと食事をしていないせいか、力が出ない。
子ども一人を引き剥がす程度の力すら出せないのだ。
この状況を見かねて、監督者が私に手を貸してくれた。
そうやって難を脱したものの、自身の非力さに落ち込んだ。
その横で、叱られている子ども。
「だって、くさいんだもん。くさくていいにおいなんだもん。しぜんすきー」
その歳で悪臭フェチなのかと、自分の欠点を指摘されているというのに、その子どもの将来が心配になった。
という事があり、今までで一番に憂鬱だった。
しかし、仕事をしなければ人は生きてはいけない。
施設の前に着くと、私は芝生を見た。
(あんな風にただそこに生えているだけで良いのは羨ましいなぁ……)
遂に現実逃避を始めたと、自分でも限界がきていると実感した。
中に入ったら、真っ先にあの子が自分を見つけて駆け寄ってきた。
また臭い、臭いと言われるのかと思っていたが、今回は違った。
足に抱きついては来たけれど、何も言わない。
鼻は動かしているようだけれど……。
「げんきない?」
臭いで分かったのだろうか。心配した表情でこちらの様子を窺っていた。
(これはもしや、チャンスかもしれないぞ)
そう考え、浮かんだ案を実行することにした。
「実は、そうなんだ」
私の答えに、子どもは考えている様子。
「そっかあ。じゃあ、ちょっとまってて」
急に駆けだす。何かと思っていると、コップに水を入れて持ってきた。
飲ませようとしているのかと思ったら、今度は私の手を引っ張って外へ出ようという。
何が何だから分からないまま、付いて行くと、施設の外だった。
「くついで。はだしになって」
と急かされてしまった。先ほど見つめていた芝生。その上で、この歳で裸足で大地に立つなんて抵抗があったが、やらなきゃ終わりそうも無い。
「分かったよ、今するね」
社会人経験で培った愛想で、裸足になる。
(おお、これは……)
妙に良くなじむ。足の裏が芝生でチクチクしてくすぐったさもあったが、とても心地が良い。
地球が自分に力をくれているような、そんな気分になった。
「それじゃあ、おみずあげるね」
と、子どもが私の足に水をかけた。
驚いたり、怒ったりするのが一般的な反応だろう。けれど、この水がとても気持ち良く感じた。
しなびていた体に水分が与えられ、潤っていくような気がした。
満たされていく感じがして、色々考える気にならなくなっていた。
「くさいくさい」
また、抱きついて来て、そんな事を子どもが言った。けれど、そんな事もどうでも良くなっていた。
「もう、勝手にお外に出ちゃ駄目でしょう」
管理者が子どもを探して、外に出てきた。
「もう、どうして勝手にお外に出たの?」
「だって、くさいひと、げんきなかったんだもん」
「臭い人? 来ていたの? それで、今どこに?」
「ここー」
子どもが指し示す。
「まあ、何時の間にこんな悪趣味な物が出来たの? 後で刈り取ってもらわないと。さあ、早く戻りますよ」
子どもの手を引き、施設内へと戻っていく管理者。
「くさいひと、またねー」
そう言って子どもが手を振る。そこには、スーツを来た人の形をした草が生えているだけだった。