56 僕は必死に訴えた。
「すまない。このまま黙って帰ってくれないか」
僕は必死に訴えた。
彼女は無言で、扉の前に立ち、僕にそれを向け続ける。
「頼むよ。僕には出来ない」
いくら頼んでも彼女は許してくれない。
何故こうなったのか。きっかけは何だったのか。
ああ、分かってる。全部僕が悪いんだ。
でもさ、そういうもんなんだよ。
誰だって試したくなる。だから彼女に何も告げずにやらせてみたんだ。
彼女はあまりそういうのを見ないから、何にも警戒しないでやってくれると思った。
言い方を変えれば、良いカモだったんだ。
でも、それは遊びだったんだ。一緒に楽しくなれればと思っただけさ。
配慮だってした。だから、多くの人の前じゃなくて、二人っきりになれる部屋まで来たんだ。
「そうだ、次は二人でやろう。それならどうかな?」
彼女は首を横に振った。認めてくれない。
「お、おい。そんなのまで僕に向けないでくれよ。それ、撮ってるでしょ。絶対に後で皆に見せるつもりだよね?」
彼女は首を横に振った。
でも僕は分かっている。僕はしなかったけれど、彼女なら絶対にするって。
「んぐっ」
いい加減、このやり取りにも飽きたとばかりに、彼女は俺に向け続けていたそれを頬にグリグリし始めた。
痛い。ジョリジョリと髭が擦れる音が部屋に響く。
僕は痛みから逃れるために、後ろに下がり、壁と彼女とに挟まれてしまった。
彼女は、片手で機械を操作した。手順は簡単。履歴から呼び出せば良いだけ。
僕が逃げないようにしつつの操作だから、器用なものだった。
そして流れるメロディ。彼女は無言のままだった。
歌うと必ず音痴になる曲。それを彼女に歌ってもらった結果がこの有り様だ。
僕は、メロディが流れ続けても歌わなかった。
そうしたら、また同じ曲を彼女が選んだ。
繰り返していると、部屋の電話が鳴った。
彼女は、やっと口を開いてくれた。
「延長で」