55 おにぎりコロリ ピーゴロロ
「待て~。待つんじゃぁ~」
お爺さんは、坂道を転がったおにぎりを追いかけていました。
大事な大事なお昼ご飯。これを食べ損ねれば、夕餉まで空腹に耐えなければなりません。
なので、必死に追いかけていました。
山の上からふもとまで、おにぎりはコロコロコロリと速さを求めて転がります。
「逃さん。逃さんぞぉ~」
最後の悪あがきをする悪党の親玉のように台詞で懸命に追いかけるお爺さん。
やっとおにぎりが足を止めた時には既に山を降りきっていました。
「ようやく。ようやくじゃぁ~」
肩で呼吸をしつつ、おにぎりを手に取るお爺さん。
そのままパクリといくのかと思ったら、まじまじと見つめたまま、手が止まっていました。
「こんなもの、食えんのじゃ……」
お爺さんは、土をまぶされ、草やら何だかよく分からないものまでくっ付いているおにぎりを見て、がっかりしながら言いました。
ですが、これはお昼ご飯です。このまま土に戻すのは気が引けました。
何か、良い方法はないものかと、辺りを見回すお爺さん。
すると、遠くの方で激しい物音が。
何かと思い、音のする方へと向かうと、何とそこには……。
正義の味方と悪者が戦っていたのです。
しかも、正義の味方は追い詰められ、今にも負けそうです。
(そ、そうじゃ!!)
お爺さんは閃きました。
「ふははは。今日で貴様ともお終いだな、メシクーン」
「く、くそぉっ。俺はこんな所で、メシクワンに負けてしまうのか……」
なす術も無いと、正義の味方。その時です。
「あいや、あいや待たれぃっ」
颯爽と現れるお爺さん。
「こ、ここは危険だ。早く逃げてください」
大地に倒れ、立ち上がる事も出来ないというのに、正義の味方はお爺さんに避難を促しました。
「こんな所に老いぼれ一人とはな。遭難したか。それとも棄てられたのか?」
「遭難も棄てられもしてないのじゃ。そこの悪者、最後に彼に飯を渡したい。許してはもらえないだろうか?」
今、正義の味方が倒されようという最中に現れた老人の不可解な申し出。
正義の味方からは見えていなかったが、お爺さんの手には、あのおにぎりがあった。
「ふはははは。良いだろう、面白い。老いぼれ、楽しませてもらうぞ」
正義の味方の助っ人かと思いきや、逆にとんでもない姿のおにぎりを食べさせようとする展開に、悪者は余興には十分だと大笑い。
「では、早速」
お爺さんは、自分が食べる気を失くしたおにぎりを、正義の味方の口に押し込みました。
「ん、んぐっ!?」
何を押し込まれたか分からないまま、正義の味方はおにぎりを食べました。
すると、何と言う事でしょう。正義の味方の体が輝きを放ち、不思議な事が起こりました。
「お、老いぼれ。貴様、何をしたっ!?」
お爺さんにも全く分かりません。何せ、残飯と呼ぶにも無理があるおにぎりを倒されようという者に食わせただけなのですから。
「す、凄い。大地の力を感じる。分かるぞ。俺は今、新しい力を手に入れた」
光が納まると、正義の味方の姿が変わっていました。
「メシクーン。貴様、あんなもので新たな力を得たというのか?」
「どんなものかは知らないが、俺は今、大地の力を食らったのさ。さあ、覚悟しろ、メシクワン。この力でお前に止めを刺してやる」
そう言って二人の激闘が始まりました。
それはそれは激しい戦いでしたが、老眼激しいお爺さんには何が何だか分かりません。
若者だって目が追い付く者の方が少ないでしょう。
なので、顛末だけ。
「くっ。今日の所はここまでにしておいてやる。これで勝ったと思うなよ、メシクーン」
捨て台詞と共に悪者は去っていきました。
「お爺さん。何をくれたのかは分かりませんが、助かりました。お礼と言っては細やかですが、家まで送りましょう」
「道に迷っている訳では無いので、大丈夫ですじゃ」
「そうですか。では、道中お気をつけて。ではっ、また何時かどこかで、俺と握手っ」
正義の味方に求められ、握手を交わすお爺さん。
こうして、正義の味方は颯爽と去っていきました。
お爺さんは、まさかの展開に狐に摘ままれた気分でした。
翌日。お爺さんは、覚悟を決めて山に登りました。そして、昨日と同じようにおにぎりを転がしました。
そうして、昨日と同じおにぎりを手にしたお爺さんは、意を決してそれを食べました。
もちろん、お腹はピーゴロロ。三日三晩は苦しみました。
正義の味方のような力が得られなかったお爺さんは思いました。
(食べ物を粗末にせず、自分が食べれない物を人に食べさせようとするのは止めるのじゃ……)