48 怖い話 ~彼が厄介を止めた訳~
今日、久々に友人と酒を飲む事になった。
お互いに仕事が忙しく、そのために昔のようにコンサートに参加する事も出来なくなり、趣味の時間も共有できずにいたから、とても嬉しかった。
「よお。久しぶりだな」
俺は待ち合わせ場所に既に来ていた岩清水に声をかけた。
「おお、久しぶりだな。今日は会えてうれしいよ」
落ち着き払った雰囲気の岩清水。変わった様子も無く、俺も再会を喜んだ。
「今日はとことん飲み明かそうぜ」
「そうだな。そうしよう」
岩清水もかなり楽しみにしていたのだろう。意気込みが凄かった。
俺達は、会えていなかった期間を埋めようと言い合って店に入った。
今回の場所を指定したのは岩清水。俺も初めて来る場所で、中の静かさに驚かされた。
「ここ、密談には最適な場所なんだよ」
岩清水が言う。俺は、密談? と思ったが、それだけしっかりと防音対策がされているのだと思った。
ほら、趣味の話は熱が入りやすい。声だって大きくなりやすいのだから。
今日は久々に濃厚な時間になりそうだ。
俺は、武者震いし、笑みを浮かべた。
席に着くと、俺は近況について話を振った。
「最近、どんなアイドル押してるんだ? 俺は追う相手も見つけられてなくてさ。良い子が居たら教えてくれないか?」
当時、俺達が押していたアイドルグループは既に解散している。今活動している有名どころは軽く把握はしているけれど、岩清水の事だ。きっと掘り出し物を持ってくるに違いない。
未知との遭遇に期待しながら、俺は尋ねたのだ。
しかし、岩清水の口からは想像も出来ない発言が飛び出てきた。
「悪い。今は追いかけていないんだ」
「お、お前が追いかけを止めたっていうのか!?」
岩清水は、熱心過ぎるために厄介に腹まで浸かっていたほどにのめり込んでいた奴だ。
俺達が押していたアイドルグループが解散した後、また別の押しを見つけていた所までは知っているけれど、何があったというのか。
「もしかして、警察にこってり絞られたのか?」
「その程度で情熱は消えないさ」
「という事は、それ以上の何かがあったのか?」
岩清水は無言で頷いた。そして、何故か個室を入念に探り始めた。
「おい、どうしたんだよ」
「ああ。ちょっと待っていて欲しい」
奇怪な行動。満足するほどに確認をした後、岩清水は言った。
「もう一人だけでは抱えられなくてさ。聞いて欲しい」
懇願のような必至さ。俺と会わない間に何があったと言うのだろうか?
「ああ、聞くよ。聞くさ」
俺が答えると、岩清水は語り始めた。
とあるアイドルのライブに参加した時の話だ。
自分は、もっと彼女を知りたくて、楽屋裏までお邪魔した。
ライブが終わって、彼女も達成感と開放感でいっぱいになってるだろうなと思っていた。
そんな一仕事終えた後の彼女は、どんな感じなのかとワクワクしながら楽屋を覗き込んだんだ。
中には、彼女が居た。近くには、たくさんの彼女の汗を吸ったと思われるタオルがあった。
激レア過ぎるそれをぜひとも譲ってもらいたい。そんな衝動もあった。
けれど、そんな衝動も吹っ飛ぶような事が次に起こった。
「あ~、やっとすっきりしたわ~」
野太い男の声。最初は耳を疑ったさ。だって、楽屋の中には彼女しか居ないのだから。
気のせいか、骨格もがっしりしているように見えた。衣装ももう少しではち切れそうな感じだった。
「あっと、いけね。仕事終わりには一杯やっとかないとな」
この台詞にリンクするように、彼女は栄養ドリンクの瓶を手に取り、グイッと飲み干した。
「う~ん、私お疲れっ」
瓶を口から離した彼女からは、何時もの押しの声が。それと服もはち切れそうに見えていたのが戻っていた。
きっと自分は疲れているのだろうと思い、静かに退出したさ。
それから、やっぱりあれは自分の幻聴だったんだろうと思うようになった。
だって、現実のリアルな話として、そんな事が起こる訳が無いのだから。
と、思って次のライブに参加をした。
その時のライブはとても自分にとって幸せな時間だった。何せ、やたらと自分と目が合うのだから。それに加えてウインクをしてくれたりと、とにかくサービスが良かった。
この後も数回ライブに参加して、全部が同じだったから、嬉しくて仕方がなかった。
二人だけの秘密を共有しているような、そんな感覚だった。
これが思い込みや勘違いでは無いと分かったのは、握手会に参加した時だった。
握手券を複数枚所持して、何週もすると気合を入れて臨んだその日。
一回目の順番がやって来た時、彼女は言ったんだ。
「何時も、私の秘密を守ってくれてありがとうね。これからもよろしくね」
自分の耳元で彼女がそう囁いた。
ここで自分があの日に楽屋を覗いていた事を知られていると分かった。
意味を理解した瞬間、血の気がサーッと引いていくのが分かった。
「はい、お時間です」
引き剥がしに剥がされ、戻る足取りは酷くフラフラとしたものだった。
浮かれていたけれど、自分の行いが全て知られ、泳がされていたのだと分かったのだ。
そして、釘を刺されてしまった。話せばどうなるか分からないと。
岩清水は、話し終えた後に酒を一気に飲み干した。
「お、おい。それを俺に話すのは不味いんじゃないのか?」
当然の疑問と心配に、岩清水は俺の目を見て言う。
「もう限界なんだ。とても抱えきれない。だから、一番信頼できる君に打ち明けたかったんだ」
ようやく明かす事が出来たと、岩清水は泣き出した。
「おいおい、作り話で泣き過ぎだろ。歳は取りたくないよな」
酔っ払いのたわごとだという事で、彼を宥める事しか出来なかった。
その数か月後、俺は運命的な出会いを果した。
今、俺には推しているアイドルが居る。
岩清水との再会から一月後に、とある新人アイドルに目が留まったのだ。
俺はこれは良いんじゃないかと、岩清水に画像付きで送った。
あれから、岩清水と連絡が取れない事が気がかりだったが、一応メッセージなどは届いているから生きてはいるのだろう。
俺も、仕事が一番忙しかった時には目だけを通すので精一杯だった経験があるから分かる。
今も忙しい事には変わりないが、このアイドルの子に会うためなら、過労になってでも時間を作る。現に俺はそうしていた。
「よーし、今日も一杯応援するぞー」
今日も俺はライブに向かう。
彼女は必ず俺を見つけてくれる。視線を向け、手を振ってくれる。色んな動作をする時には、必ず俺が居る方向から始めると、何故か異様にサービスが良い。
俺は、彼女のために今日も全力で声援を送り続ける。