42 ショタ顔の好青年
「ここが新しい遊び場か……」
ふらりとバスに乗り、そのまま寝落ちして到着した場所で、僕はそう呟いた。
これから特別な事が起こりそうな台詞を口にする僕の気持ちはさながら物語の主人公。
だって僕は、ショタ顔の好青年だから。
生まれ持った幼顔のイケメンは、神様からの授かりもの。明るく元気な性格は備わったもの。
これを活かさない理由は無い。
二十歳を過ぎて数年。それでも未だ、このショタ顔は健在で、実年齢を明かせば惹かれる事必至な秘密を抱えつつ、僕は色んな地域で女遊びを満喫していた。
そして、次の舞台に選んだのはここという訳だ。
「さてと、どこに行こうかな?」
まずは人の居る所に行かなくちゃ意味が無い。
当ても無く、バスが走り去った道を辿っていると、一軒の店を見つけた。
「駄菓子屋、かな? どうせしわ婆しか居ないだろうけど、十分か」
情報を得るだけの相手。意思疎通が出来れば年齢なんて関係無い。
近付いていくと、若い女の姿を見つけた。
(ふぅん。良いんじゃないの?)
過疎化した地域。見るからに寂れた町並みで現れた女。若いからというので何かと動かされているのだろう。体に余計な脂肪は無く、出るとこが出ているそそる体をしていた。
(予定変更だ。あの子を頂こう)
時間は奇しくも昼食時。お腹一杯、体も満足。そんな昼下がりを予感させる。
僕は、小走りでタタタッと駆け寄る。
「おねーさん、こんにちわ」
身に付いたショタ演技で挨拶。
「ん? ああ、こんにちわ」
心の中でガッツポーズ。こんな辺鄙場所に居る女だ。警戒心ゼロで挨拶を返してきた。
僕が喜んでいると、相手は僕の正体を思い出そうと考えていた。
「僕、ここに旅行で来たんだ」
「ああ、迷子か? 親御さんの連絡先は?」
ちょっとヤンキーな雰囲気の女。もうすぐ味わえるギャップを思うと、口元が緩む。
「どうした? 連絡先も分からないのか?」
「んーん。一人で歩いてただけだから、迷子じゃないよ」
「違うのか? 小さそうだけど、しっかりしてんだな」
感心する女。好印象を持たれたら、こっちのものだ。
「ねぇねぇ、お話しよーよ」
「私とか? んー、まあ、しょうがねぇなあ」
相手の懐に潜り込む事も成功した。後は距離を詰めて行けば三十分後には昼食だ。
早くも勝利宣言の僕。でも、ここから旗色は変わっていく。
「よーし。じゃあ、ちょっと菓子とジュース買って来いよ。支払いはお前もちな」
(はっ?)
こんなショタに奢らないとか、正気かよ。実年齢はさておき、見た目年齢はお前の方が上だろうが。
心の中で毒づく僕。
「ん? ああ、そうか。私の分を選ばないとな」
女は僕の背中に手を添え、店の中に連れ込んだ。
「あら、随分若い子と一緒じゃないの」
中年だけれど、良い色気のおばさんが店番をしていた。
(って、当たりとか思ってる場合じゃない。このヤンキー女から逃げないと)
危険な臭いを感じ、僕は逃げようと決意した。
「やっほー。何時もの雑誌、入ってるぅ~?」
チャラそうな女が店に入ってきた。
「いらっしゃい。まだ届いてないよ」
「えぇ~。何時もなら昨日には届いてるのにぃ? がっかりぃ。で、その子はどうしたの?」
店番おばさんの知らせにがっかりしつつ、チャラそうな女がヤンキー女に尋ねる。
「こいつ? 私のサイフ」
笑いながら外見年齢が自分よりも遥かに下の僕を指差すヤンキー女。
「あらあら。君、悪いお姉さんに捕まっちゃったね」
店番おばさんが、笑いながら言う。
「えぇ~。こんな可愛い子なら、私もさいふにしたいー」
チャラそうな女が羨ましそうにとんでもない事を言い出した。
(何だこれ!? この店の店員も客もヤバいぞ)
もう限界だと、僕は駆けだした。
後ろから、ヤンキー女の声がしたけれど、止まる訳にはいかない。
全力で逃げ切った後、僕はバス停を探す事にした。
こんな所に長居しちゃいけない。シックスセッ、じゃないシックスセンスがビンビンに反応していた。
「にしても、バス停は何処だ?」
道も確認せずに走り出してしまったから、方角が分からなくなってしまった。
困り果てていると、後ろからブレーキ音が。
「君、そんな所でどうしたの?」
振り返ると、スーツが似合いそうな眼鏡の女が車から出てきた。
「バス停を探してて」
本当に泣きそうだったから、演技抜きで声をかけられた事が嬉しかった。
「バス停は反対側よ。駄菓子屋のその先なのよ」
駄菓子屋という単語に、僕は体をビクつかせる。
「どうしたの? 何かあったの?」
「な、何でもないよ」
とても危険な所だったから、思い出したくないと誤魔化す。
「そう? バス停までけっこう歩くから、お姉さんの車で連れてってあげようか?」
「え? 良いの!? やったあ」
車なら、駄菓子屋を素通り出来ると、僕は喜んだ。
「じゃあ、車に乗って」
眼鏡の女の優しさ甘え、僕は車に乗った。
(そうそう。ショタにはこんな風に優しくしなくちゃ駄目なんだよ)
車に乗って一安心した僕は、ショタへの接し方はこうでなくちゃと、一人考えていた。
「さあ、着いたわよ」
車なら十分もかからない。僕は、車を降り、次のバスの時間を確認した。
「えっ……。バス、無い……」
そうだ。辺鄙な場所だと、最終バスも異常に早い。僕はこの事実を失念していた。
「あら、こんなに最後のバスって早かったかしらね」
車移動だからそういう事に疎かったのだろう。僕は眼鏡の女を恨んだりはしなかった。
「とりあえず、もうお昼だし、何か食べましょうか。お姉さんがお店に連れてってあげる。とは言っても、姉ヶ崎に名物なんてないから、普通のお店だけどね」
「え、あ……。今何て?」
今、とんでもない地名を耳にした気がした。
「ええっと、どの部分の事?」
「地名。地名の事っ」
「ああ。姉ヶ崎。ここ、姉ヶ崎って言う場所なのよ」
とんでもない事実に気付いてしまった。
「さあ、行きましょうか。さっき通り過ぎた駄菓子屋さんでね、ご飯も食べられるのよ」
僕はショックから、抜け殻のような状態になっていた。
眼鏡の女に抱かれ、車に載せられ、来た道を戻る。
五分もかからず、車は止まり、僕は抱かれて駄菓子屋に入った。
「あー、戻って来た。逃げた罰だ。たんまり御馳走になるからな」
ヤンキー女の声がした。
「なんかくったりしてるよぉ~。お姉さんが介抱してあげるねぇ~」
チャラそうな女の声も。
「布団、敷いて休ませてあげようね」
店番おばさんの声に先ほどとは違い、艶っぽさがあった。
「もう。人助けのつもりだったのに。仕方無いわね。お店、閉めるわね」
眼鏡の女がやれやれといった様子で僕を見た。
ここは姉ヶ崎。住まう女が皆、姉のように傍若無人だと有名な、知る人ぞ知る恐ろしい場所。
ショタ界隈では、一歩この地に足を踏み入れようものなら、二度と正気では出られないと噂される恐ろしい場所なのだ。
この後、僕は語るも恐ろしい時を過ごし、解放された頃にはショタだった頃の面影は無く、年相応のやつれた男になっていた。