38 お荷物
昔々の事じゃった。
ある所に野獣を狩る事を生業とした男が居った。
今も昔も変わらず、猟師と呼ばれる仕事をしていたその男の名は上上と言った。その名の通り、上へ上へと進もうとする上昇志向の強い男だった。
その男の傍には、何時も荷物持ちの男が居た。
荷物持ちの男は、岩清水と呼ばれ、何時も何時もとろい遅い鈍いと、上上にどやされていた。
さて、この時代。お化け幽霊は柳、襤褸切れ、呑んだくれと言われ、気のせいだと言われていました。
ですが、とある怪奇だけは存在していました。皆からは鬼と呼ばれている生き物です。
頭にとんがり、角二本。おサルのおけつが写ったか。はたまた呑まれて抜けたのか。赤や青などの様々な彩りの体色を持つ、人の二も、三も倍は大きなお人が恐れられていた。
上上は、何時も山に入ると岩清水に繰り返した。
「おらぁな、こんな毛臭どもで終わる男じゃねぇど。おらぁな、奉行様に鬼首見せてえ、鬼斬り大将になあんだからな」
「なんら、こっちゃあ鬼斬り大将の荷物持ちだなあ」
岩清水は、いつもそう返した。
上上はそれが気に入らなかった。何せ自分の荷物持ちは、とろい遅い鈍いの三拍子。
岩清水が居れば、調子も拍子も狂ってしまう。
「おらぁな。鬼斬り大将になったら、おめえなんか捨ててやるからなあ」
「なんら、こっちゃあ、鬼が出んように神さんに祈らぁな」
岩清水は分かっていた。そんな事をせんでも、狩場の山にゃ鬼なんぞは居らん事を。
長く入っているから、お互いに鬼にゃ出くわさない事も分かっていた。
ある日の事。何時もんように二人は山に入った。
何時もは鉄砲と小刀だけを持ち歩いていた上上だったが、この日は鉄砲、小刀に加え、何処から仕入れたのか、刀を背負っていた。更には、何時もの道具は岩清水に預けていたが、何故か後生大事に何かの入った皮袋だけは自分で身に付けていた。
この日の狩りは、今までに無いほどに厳しい道中だった。
何故か上上は山の険しい道を選んで進む。
岩清水が休もうと進言しても耳を閉じたように歩き続ける始末。
そうやって進み続け、山は夜になった。
やっと足を止めた上上。へとへとになり、精も根も尽き果てた岩清水は、一点を見つめ、方で呼吸をしていた。
「今日は大物を狙おうと頑張ったが無理だった。おめえにも無理させたな」
そう言いつつ、上上は夕食を作り始めた。
岩清水に背負わせていた荷物から、鍋と水取り出し、火を起こして沸騰させる。
「今日は良いもん食わせてやるからなあ」
上上はそう言うと、後生大事にしていた革袋の中身を取り出した。
紫色をした、食うには勇気の必要な色をした物だった。
「そらあ何だあ?」
「こらあな、珍味だ珍味」
岩清水の問いかけに上上はそう答えた。
一口大に切り分けたそれを鍋に入れ、しばらく煮込み続けると、食欲をそそる良い匂いがしてきた。
「更に腹あ減って、煎餅みてえになりそうだあ」
「そうか、そうか。じゃあ、ずずっと食っちまえ。さあさあ」
上上はそう言うと、出来た煮込み汁を岩清水のお椀に入れてやった。
何時もは自分が先だと上上。しかし、今日に限っては、岩清水に進めてくる。
珍しくも、厳しい道を歩かせて、収穫が無かった事を悪いと思ったのだろうと、岩清水は思った。
「んじゃあ、お先にもらうなあ」
ズズッと一口。この世の物とは思えんほどに美味いと岩清水。
「なんら、ドンドン食え食え」
お椀にどんどん盛る上上。美味さと空腹とで、岩清水は何もかんも無くなって煮込み汁を食い続けた。
そうしたら、岩清水は頭に二つ。引っ張られるような痛みを覚えた。
「な、なんかあ、頭痛えよお」
そう言って、岩清水は自分の頭を触った。覚えの無い突起が二つ、今も成長していた。
「上上、こりゃあ、なんだあ?」
煮込み汁以外に原因を思いつかないと岩清水。
上上は、無言で岩清水の背中を踏みつけた。
「くるしいぞお、何するよお」
逃げ出そうとするも、山歩きの疲れもあって、跳ね上げる力が出てこない岩清水。
「美味かったかあ? 鬼のモツはよお」
「お、鬼のモツだってえ!?」
それは、人が食せば鬼になると言われる危険な物だった。
「それじゃあなあ。おらぁのためにありがとうなあ」
「止め、止めろおおお」
上上は背負っていた刀を抜いた。
翌日、一人戻って来た上上は、鬼の首を奉行様に見せに行った。
上上の皮袋ははち切れんばかりに詰まっていた。