37 生きたキャラ
「くそっ。舐めた事言いやがって……」
私は荒れていた。
今日は担当との打ち合わせの日だった。
私は小説家をしている。新作の相談にとプロットとして、こんなキャラが出てくる話を書こうと思うと、担当に見せた。
そうしたら担当は言った。
「このキャラ、何と言うか、生きて無いんですよね」
その指摘に腹が立ち、私は荒れたという訳だ。
ここで意固地になって押し切ったり、担当の変更を訴えたりと、強気に障害を壊して進むという選択はある。それが通るかどうかは分からないが。
「……しかし、生きていない、か」
一頻り吐き出した後、私は冷静に考えた。
「そもそも、生きたキャラとは何だ?」
ふと口を突いて出た言葉に、小学生の屁理屈みたいだと噴き出してしまった。
「いや、このまま思考を詰めて見よう」
偏った考え方で一度突き進む。その先に問題点が見えてきて、その解決法や違う問題が浮かんでくる。
それが新しい物語の種になる事がある。稚拙だと捨てるには惜しい。
「私は小説家。となれば、キャラの容姿は文字で出来ているだろうな」
想像するのはへもへももへじ。そこをもっとリアルにしていく。人物絵の線を文字にしていく。
例えば、黒髪ロングというキャラを生んだなら、このキャラの髪の毛一本一本は“黒髪ロング”という文字で構成されている。想像すると、既にホラー感が極まっている。
しかし、小説のキャラは、文字によって構成されるのだから、目でも服でも、全てが文字によって形作られるはず。
次に私の頭に浮かんだのは、血の通ったキャラという表現。
「血と言うのは、地の文の内容だろうな。怒った時には怒った血がキャラに巡り、赤面した時には赤面するという血がキャラの体に……」
言っていて訳が分からなくなる。
「そう言えば、人間は遺伝子に動かされているというような話があったな。ん? なら、キャラの場合は文字によって動かされているという事か」
ギャグキャラなら突飛な地の文に。危ないキャラなら、危ない地の文という具合だろう。
「いや待て。よくよく考えたら、文字が体を駆け巡るなんて、結石や結晶が体の中を巡っているような物じゃないか? 文字は丸くない。やたらに尖っていたり、引っかかりそうな文字だって多い。なら、キャラの体に巡るものは何だ?」
私は文字について考えた。感情や印象などと考えるも、文字とは線の組み合わせ。集合体だと気付いた。
「つまりはだ、キャラにはそれぞれそう動くように指示が込められた線が血として巡っている訳か。たまにキャラが勝手に動く事があったが、指示によって動いているに過ぎないって事だな」
かなり突き詰めたおかげで、当初よりもかなりおかしな方向に煮詰まってきた。
どうやら新しい物語の肥しにはなりそうにない。そろそろ考えるのを止めておこう。
「疲れたな。コーヒーでも飲むか」
私は立ち上がった。その時、ふと頭にこんな考えが浮かんだ。
「指示を出しているのは誰だ?」
ふと、姿見の向こうに映る自分が視界に入る。
「つまり、私は生きて……いない?」