33 ろっくろっく体操
草木も眠るだなんて、四六時中明るいこの国じゃあ死語みたいなものだ。
けれども、そんな時間に俺はテレビを見ていた。
チャンネルを巡れば、番組をやってる局もあったが、俺は死んだ魚のような目で砂嵐を見ていた。
音も消音にはせず、16くらいにして、ただずうーっと眺めていた。
ただただ考える力も無く、あるがままに見つめていた。
その番組は、突然始まった。
「みんなー。ろっくろっく体操の時間だよー。画面の前のみんなー。準備は良いかなー?」
まるで幼児向け番組のお兄さんみたいなテンションのMC。後ろには小さな子どもが何人も映っていた。
無気力状態でも、深夜に始まったこの謎番組には反応する他無かった。
「こんな時間に体操って何だよ。近所迷惑じゃないか」
誰からも反応は無い一人暮らし。それでも言わずにはいられなかった。
「ちゃんと周りを見てー。両手を横に広げて、グルグルカラカサ回りだよー」
今までに聞いた事の無い、独特の言い回しだった。
「だいじょうぶだったかなー? それじゃあ、ろっくろっく体操始めるよー」
軽快な音楽が流れる。
「じゃあ最初は、両手をへにゃへやさせるよー。へにゃへや~」
タコの足を再現するジェスチャーと同じ動作をするMCと続く子供達。
「次は飛んで空中で体をネジネジするよー」
飛んでいる間に体を左右に捩じる運動をするMC。小さな子には難易度が高いのではと思ったが、ちゃんと出来ている。
「次は首を回してまるを描いていくよー」
ラジオ体操でもある動きをするMC。
「それじゃあお終いは首ネジビューン」
何をするのかと思ったら、空中で体を捩じったのと同じ動きを首でやるというもの。
けれど、それでは終わらなかった。
「じゃあ、皆でいくよー。首ビューン!!」
MCの首が伸びた。それだけじゃない。子供達の首も伸びた。
ろくろ首を連想させる。というよりもそのものだった。
「画面の前の皆、出来たかなー? それじゃあ待ったねー」
カメラの前に子供達と一緒に集まり、手を振ってお別れするMC。
番組が終わると、再びテレビは砂嵐になった。
「な、何だったんだ、今のは?」
CGか素人ドッキリか?
意味の無くカメラを探すも無い。
「ちょ、ちょっとやってみるかな……」
妙な好奇心が俺を突き動かす。が、深夜だし、部屋でやるのは問題がある。
俺は外着に着替え、部屋を出た。
「えっと、腕をタコにしてたか……」
テレビだからやらせだろうと思いつつも、俺は緊張していた。
順を追って体操をしていく。
日頃しない動きのせいか、飛んで体を捩じる時点で息が上がっていた。
それでもやり続け、最後の首ビューン。
「まるを描いて、最後にビューンっと」
見た通りにやってみた。すると、自分の身長以上の光景が広がった。
「お、俺にも出来ただと!?」
驚きを隠せない。
その時、キャーッと悲鳴が聞こえた。
驚き、その方角を向くと、どこぞのマンションの一室から外を見ていた女性と目が合った。
そう。俺を見ての悲鳴だったのだ。
慌てつつ、俺は訳も分からずわたわたしていたら、首が何時の間にか戻っていた。
「これが全部だ。言っておくが、危ないものなんて一度もした事は無い」
あの後、俺は警察に連れて行かれ、窓も何も無い個室へと連れて行かれた。そして、経緯について話した。
「そうでしたか。因みに、今この場で出来ますか?」
「体操をしろと? まあ、出来ますけど……。離れてもらえます?」
警察は分かったと言って離れた。
これで何を証明するのかと小首を傾げつつ、体操をした。また首が伸びた。
すると警察の連中は目に涙を浮かべ始めた。
「ろくろ首一族の同朋が見つかった。今日はめでたい日だ!!」
訳が分からない。
が、そう言って歓喜に沸く自称警察の連中の首が次々と伸びだした。
ギョッとする俺。
「たまにお化け界の電波が地上まで飛ぶ事があるんだ。目撃者が居ても、皆が都市伝説だろうとうやむやになるが、今回は仲間が見つかった。こんなに嬉しい日は無い。さあ、我々の世界へ案内しよう。とても過ごしやすい、良い世界だよ」
なるほど。どうやら俺が何をやっても上手くいかなかったのは、そもそも居る場所が間違っていたからなのか。
まあ、馴染めるかどうか分からないけれど、仲間が居るという世界を体験してみようかな。
俺は未知の世界へ踏み込むと決めた。