27 とろける彼女
「最初の出会い? ああ、坂から丸いものを落とせば転がる。掘れば穴になる。それくらい当たり前で面白みの無いきっかけだよ」
彼は薄暗い笑みを浮かべて言った。
「面白味が無くても聞かないといけないんだ。こっちも仕事だからね」
私がそう返すと、遠い目をしつつ彼は語り始めた。
「友達の集まり。その中に彼女が居たんです。彼女はクールな振る舞いだった。始めは、初対面の人も居るから、そういう態度なのかと考えていたけれど、違った。声をかければ、嫌味にならない程度のクールさで反応した。他人にとってのぶっきらぼうや不貞腐れ、つまらなそう。そんな印象は、彼女にとっては自然体で居ただけだった。俺は、そんな彼女がカッコイイと思った。それから、声をかけて、デートに誘うようになった。反応は素っ気なかったけれど、彼女も嬉しかったみたいだ。だから、三回目のデートの最後に告白して、俺達はカップルになったんだよ。交際が始まると、そりゃあ、二人だけの時にしか見せない顔を見る時もあるさ。けれど、俺が見たのは顔だけじゃなかった。俺にしか見せられない体? いや、そんな表現じゃ済まされないな。彼女は、俺の前ではとろけるんだよ。目がとろんとなるとか、そんな比喩表現じゃない。暑い日に食べるソフトクリームって言えば分かるか? それとも、熱で溶けだすフィギュアって言えば分かるか? 部屋に居る時、ふと横を見たり、朝に目が覚めた時。他にも、他にもだ。彼女は俺にだけ見せてくるんだ。だから俺は耐えられなくなった。もう駄目だ。このままじゃ気が変になるってな。だから、とろけてから戻るまでの間に、彼女を集めて、冷凍庫にぶち込んでやったよ。どれくらい待ったかな。次に開けた時にはちゃんとカチコチだったよ」
彼は、噺家のように途切れず、とちらず、それでいて当時の心境を強調するように表情を作り、私に話をした。そして、自分がやったという罪の話を終えると、正気を保てなくなったかのように笑い続けた。
私は、彼の話が真実だと思えなかった。
「君の話は確かに聞いたよ。でもね、そんな作り話を繰り返すのは止めた方が良い。そして、病院に行く事を薦めるよ」
私の言葉に、彼は途中で電池が切れた玩具のように固まった。
その後、首を動かして綿を見た。
「あ、ありましたよね? 凍ってましたよね? 見たんですよね? 見たでしょう?」
こちらが不憫になるくらい、彼は私に繰り返し質問をした。
なので私は教えてあげた。
「今、待合室で彼女が待っているよ。さあ、帰りなさい。心が少しでも早く、回復すると良いね」
「え?」
彼は私の言葉を聞いた後、魂だけが旅立ってしまったような表情で固まった。
彼女さんから状態を聞いていた私は、手伝いを呼んで二人係りで彼を彼女の所へと運んだ。
彼女の姿を見た彼は、現実なのかと確認するように、自分の頬を引っ張る。
それに寄り添う彼女。
私は、二人のために部屋を出た。
二人だけでの話し合いが必要だろうと気を利かせて。
五分後、彼は悲鳴を上げた。