22 壁越える
僕は随分と悩んでいた。
どうすれば突き抜けるような高音で叫べるのかと。
世界のエンターテイナーのステージをテレビで見たのが始まりだった。
彼は、歌い、踊り、世界を越えて人々を熱狂させていた。僕もそんな一人。
だけど、僕は歌や踊りとは違う所に感銘を受けていた。
歌の間にイェーとか、ヤーとかの合いの手か雄叫びかは分からないけれど、そういうのが入る曲がある。
僕が見た、そのステージでもそういうのがあった。
僕はそこで衝撃を受け、憧れ、惹かれた。
突き抜けるような濁りの無い澄んだ高音。長く乱れる事の無い声を出し続けるそれ。押し出すようなものでは無い。たった二音が天へと届くほどに伸びるんだ。
彼のその姿を追いかけ、並び立ちたい。僕はそう思った。
あこがれを実現させるため、僕はその日から練習を始めた。よりよい高音が出せるようにとひたすらに練習したんだ。
けれど、男には避けて通れぬ壁がある。そう、声変わりだ。
訓練を続けたおかげか、夢潰えるという事にはならなかったけれど、以前よりも高音を出し辛くなった。
それでも挫けず練習を続けたけれど、昔の自分を越えた姿が想像出来なくなっていた。
「もう、諦めた方が良いのかな……」
自室よりも狭いトイレで、僕は吐露していた。人は密着すると心の距離が縮まるらしいけれど、畳一畳分の広さのトイレが、これと同じ効果を生んでいた。
歌が歌いたい訳じゃない。一芸として認められたい訳でも無い。
ただ、自分が憧れたあの声を出して気持ち良くなりたいだけなんだ。
来年には受験生。そろそろ幼い頃の自分の夢とも見切りをつける頃合いなのだろう。
自分の心に折り合いが付いた所で、僕はウォシュレットを使った。
とても氷水かと思うほどの冷たさと勢いが直撃し、僕は叫ばずにはいられなかった。
「フォォォォォォォォッ」
出た。理想とした、焦がれ、追い求めたあの声が……。
僕は嬉しくなり、台所に居る母さんに報告に行った。
「母さん、聞いてよ。出たよ」
何が? と振り返る母さん。
「あら、出てるわね」
「そうなんだよ、出たんだよ。ん? 出てる?」
僕は下を向いた。下半身丸出しの自分が居た。
赤面し、僕は慌てて隠した。
「それよりも、とし君。ちゃんと掃除しておくのよ」
母さんの指は、僕の後ろを指していた。
振り返り、僕は全てを理解した。