20 茶ばしら立ったよ
一人暮らしのモグラ君。
仕事の後にお茶を飲むのが習慣です。
「あっ」
嬉しそうな声のモグラ君。何と珍しい。茶ばしらが立っていました。
こんなに珍しい事は中々ありません。モグラ君は、家の中を見ました。
ですが、モグラ君は一人暮らし。この喜びを一緒に喜べる人は居ません。
お話をする相手も居ないモグラ君は考えました。
「そうだ、外に行こう」
家と仕事場以外にどこにも行かないモグラ君は、思い切って外に出ました。
太陽がまぶしくて、モグラ君は目を細めました。
このままではとても歩けないと思っていると、人が通りかかりました。
「あら、モグラ君じゃない」
「え、はい。そうですけど?」
モグラ君には、相手が誰か分かりません。日の光で、というだけではありません。自分の家の近くで暮らしている人が分からないのです。
「私は菊針さん。近所じゃお世話さんなんて呼ばれているわ」
尋ねてもいないのに、そう名乗る菊針さん。
「あなた、ちょっと待っていなさい」
今度は何? と思い、尋ねようとすると、菊針さんは自分の家へ。
何かと待っていると、家からサングラスを持って来てくれました。
「外に出るんでしょう? これ、掛けて行きなさい」
親切な菊針さん。
モグラ君は、この人ならと思いました。
「ありがとうございます。あ、これ、茶ばしらが立ったんです」
湯飲みを見せるモグラ君。
「あら。じゃあ、さっそく御利益があったわね。良い出会いが出来たもの」
菊針さんに言われ、ああ、そうだなとモグラ君は思いました。
その後、モグラ君はまた歩きました。今度は眩しくありません。
ですが何時もとは違う運動をしているためか、喉が渇いてきました。
手に持った湯飲みでは足りません。それどころか、これを飲んでは、せっかくの茶ばしらが倒れてしまいます。
どこかで飲み物を飲めないかと考えるモグラ君。
「おや、おやおや?」
ジロジロとモグラ君を見て、確認するように近付いてくるおじさん。
「珍しい事もあるもんだ。とんと見なかったが、元気だったか?」
距離感の近いおじさん。彼はモグラ君を知っているようですが、モグラ君は一度も見た覚えがありません。
「ああ、悪かった。近眼なせいで間違えてしまった。がはは」
豪快に笑うおじさん。何だか分からないけれど、明るいおじさんに、モグラ君は茶ばしらを見せました。
「こりゃあ、縁起物だな。どれ。じゃあ、福分けに良い物をあげよう」
おじさんはそう言うと、ここに来る途中で買ったのでしょう。コーヒーをモグラ君にくれました。
「ありがとうございます」
「良いってことよ。がはは」
豪快に笑って歩き出すおじさん。
一緒に楽しむって良いなと思うモグラ君。
この後もモグラ君は、人と出会うと茶ばしらを見せました。
皆が、良い物を見たと言って喜びました。
モグラ君は、皆が喜ぶのがとても嬉しくて仕方ありません。
ですが、そろそろ家に帰らないと暗くなります。
なので、最後にもう一人に喜んでもらおうと思いました。
周りをキョロキョロ。
あ、見つけたようです。あれ、こちらに来ますね。
どうやら、最後の一人にと思われたようです。
さあ、何と言って分かち合いましょうか?