2 カレンダイナマイト
私の名前はカレン。
私が住んで居るカンビーでは原因不明の事件が多発している。
被害に遭いたくないと思っていたら、とうとう私にの犯罪者の魔の手が……。
もう駄目かと思ったその時、私に隠されていた未知の力が目を覚ました。
この力のおかげで難を逃れた私は、頻発していた事件の犯人が私と似たこの未知の力を使って罪を重ねていると知ったの。
けれど、私の力では人殺し出来るような危険な相手と戦うなんて出来ないから、自衛に徹していたわ。
それなのに、そっとしておけば良いのに、力が力に引かれるのか、私の所に犯人達が列をなしてやって来る。
そんな行列整備を続けていたら、全ての事件を裏で操っていた巨悪がついに動き出した。
そう、最終決戦の時が来たのよ。
「私の兄貴に脱ぎ癖を付けたのはお前かぁぁぁ」
「ふはっは~。そうだ、この俺だ。奴に開放感を植え付けてやったんだ」
私の兄貴は、良い体を手に入れたいと筋トレに励んでいたけれど、あまり効果が出ず、落ち込んでいた。追い込む余り、遂には体を壊してしまう。そんな兄貴の支えとなったのは肉襦袢だった。偽りでも手に入れたムキムキボディに、以前のような輝きを取り戻す兄貴。
けれど、ヌーディーという奴と出会ってから変わってしまった。
公の場で肉襦袢を脱ぎ始めるという奇行をするようになってしまったのだ。
絶対に笑ってはいけない時、場所で、自身の自慢な貧相な肉体を披露する兄貴。今では潜りの芸人という設定で動画配信して一財産築いている。
「そういえば、愛しい恋人は今、何をしているのかな?」
「なっ……。アンドニィ!? どうしてアンドニィの名前を口にしたぁぁぁ」
「ふはっは。どうしてだろうなぁ? ちょっと催したので五分ほど席を外そう。その間に電話でもすると良い」
奴はそう言うと、本当に近所のコンビニに出かけて行った。
恋人に何かされたのではと焦り、震える手で電話をかける私。けれど、乾燥肌のせいで反応が悪い。
「秋だから、冬だから……」
反応しない画面に、怒りと寒さで震えが増す。
漸く音声で入力出来る事を思い出し、電話をかける私。
「もしもし、アンドニィ!? 大丈夫なの?」
繋がると同時に安否を確認する。
「やあ、カレン。いきなりどうしたんだい? 俺は今、けっこう発酵食品から販売されている乳酸増量中のドリンクを飲んで絶不調さ」
「あ、アンドニィ!? あなた、何を言っているの?」
「それだけじゃないさ。今、膝を悪くするためにラピッドジャンプをしていて、膝から下が崩れ落ちている所さ。正しい姿勢を維持するためにと、MTGで勧められた固定具の効果は凄いぞ。今ならもう一点付いて来るって言うからもう一つあるんだ。カレンもやろうぜっ」
とても良い声で私を誘うアンドニィ。
「あ、あぁ。あぁぁぁぁ……」
私はちゃんと言葉を失っていた。だってそうでしょう?
別に健康志向でも何でもなくて、特に何も無い彼氏が突然、体に悪い物ばかりを薦める通販番組の司会者みたいな事をやりだしたんですもの。
「いやあ、待たせたね。ただトイレを借りただけだと悪いから、お弁当を炭火になるまで温めてもらっていたんだ。それでどうだ? 君の彼氏は不健康だったかい?」
分かりきった事を、私の口から言わせ、認めさせようとする悪意に満ちた下卑た笑みを浮かべる男。
「ゆ、許さない……。あんた、名乗りなさいよぉぉぉっ!!」
出会ってから三十分は過ぎているけれど、奴はまだ名乗りもしない。ビジネスマナー的には最悪だし、私のお昼休憩は後十分しかない。
残り十分でこいつを倒し、お昼ご飯を食べなくちゃ、クレームを言ってくるクレーム処理係達と戦えないじゃない。
「おっと、これは失礼した。何、大した名前じゃない。何せ、名乗る名前が無いのだから」
「ふざけてるんじゃないわよ」
「ふざけているんじゃあ無い。本当に無いのだよ。もっと言えば、私という存在はこの世界には存在しない」
「頭おかしいんじゃないの?」
「そう思うだろう? それは君が世界の中に入っているから言える事さ。まあ、これを食べつつ、聞くと良い」
寒空の下、相手が私に手渡した袋の中には、真っ黒な何かが入っていた。
そして始まる、かつて年末年始にやっていたような超ワイドのような酷い人生録。
何時の間にか、私の周りには人が集まり、人の温かさでサウナ状態になる始末。
聞いた人々は皆、奴を哀れんだ。何時の間にか奴が置いていた箱の中には、涙や鼻水を拭うために使ったティッシュの山が。
「と、まあ、こんな身の上だから名前が無いのだよ。分かったかな?」
「蒸し風呂状態で途中から話を聞いていなかったわ。それと、私は五倍速じゃないと長話は聞かない事にしているのよ。五倍速から出直してきなさい」
「ならば、十倍速で話してあげよう。俺は時を統べる者だからな」
時がどうのと言い出す輩にまともな奴は居ない。けれど、奴は本当に十倍速で話し始めた。
私は話を聞いて号泣した。この時の涙は、全世界が泣いた時と同じくらいの量だったと思う。
「水分が抜けて、私がカラッカラだわ。気付けば夜だし、お弁当からはさっきのサウナで異臭がするし、最悪よ」
「そうか。なら最悪に抱かれて終わるが良い」
如何にもな両手を広げ、全能感全開放みたいなポーズで意味も無く顔を上げる男。
遂に奴の力が私に牙を剥く。そう覚悟した。
「な、何故だ。何故、力が発動しない!?」
先程のポーズが滑稽で間抜けなものに変わった。
「馬鹿ね。あんたはもう私の力に呑まれている!! そう、カレンダイナマイトにねっ」
「な、何だと!? お前にダイナマイト要素は無いのに、なんだそのネーミングセンスは」
「う、うるっさいわね。これは、近所で社会のゴミ掃除を趣味にしてたボラんディさんが付けてくれたのよ」
「ああ、マンネリー・ダンドリーに任せた婆あか」
「そうよ。あのマンネリーのせいで、ボラんディさんは、思春期の体を取り戻し、世界を股にかけるような人になってしまったわ」
「だが、世界は平和になっただろう? 悪者全員が、彼女に取り込まれたからな」
「黙りなさい。今、あんたの暦を壊してあげる」
「俺は時の支配者だ。何も壊れはしない。全ては俺が生み出すからなぁっ」
また馬鹿みたいなふはっは笑いをする男。
「あんた、今日が何時か分かる?」
「何を言い出す。今日は六月二十五日だろう。はっ!?」
自分が言った日付が間違っていると気付く男。そう、今日は十月二十九日。
「まだ終わらないわよ。二月十四日、三月三日、十二月二十五日」
「や、止めろぉっ。それは俺には無縁の日だ」
「まだ行くわよ。ゴールデンウイーク。シルバーウィィィィック」
「ぜ、絶望の後の大型連休だと!? 癒される。いや、孤独が、孤独が俺を襲うぅぅぅ」
「まだよ。盆と年越しと正月が残っているわ」
「財布が、財布から全てが消え失せるぅぅぅ」
攻撃を食らい、奴は地面に倒れた。
説明しよう。カレンダイナマイトとは、相手の暦を壊す能力。
これを使われた者は、カレンが言う日付や行事に関連したイベントが脳内でイメージされ、自身の抱く感情に苛まれるのだ。
男は今、孤独の中でイベントの渦に呑まれているのだ!!
「終わりね」
これまでの戦いを思い起こし、私の胸に様々思いが去来した。
「ま、だだ」
振り向けば、まだ立ち上がる男。
「あれだけのイベントの後で、まだ立ち上がれるというの!?」
「見くびるなよ。孤独は友だ。イベントは理由だ。俺は全てを乗り切る術を知っている」
「あんた、こ、孤独マスターなの!?」
「この国の人間はなぁ。昔からこう言っている。『かこつければ何でも良い』とな」
「ま、まさか!?」
「そう。俺は飲む。飲んで全てを忘れるぞぉぉぉ」
缶ビールの蓋を開け、喉を鳴らして飲む男。
「い、いけない。そんな勢いで飲むんじゃないぃぃぃ」
止めるのも聞かず、男は酒を飲み干した。
「お、俺にはこのドランカーがあれば良い……」
そう言って倒れた男に、私は近付いた。
そして言う。
カメラに向かって。
「飲みすぎ注意」
男が顔を上げる。
「乗り越えるためにこの一本」
私達は互いに顔を見合わせた後、再びカメラに向かって言った。
「「新発売。 ドランカー」」
そう、これは新しいビールのCM。
しかし、このドラマ仕立てのCMは、一部の視聴者からの不評で三日で流れなくなった。
けれど、強いインパクトを残し、皆の心には強く残ったという。