17 ピンポンダッシュ シングル
ピンポーン
呼び鈴の音がした。
この時を待ち続け、玄関で座して待っていたのだ。
全てにおいて抜かり無し。私は今、高速を超える!!
「待っていたぞ。この時をっ!!」
ラケット片手に外へ出る。人? そんな者は居ない。
私の眼球に映るのは、オレンジ色の球体ただ一つのみ。
コン、コンと跳ねる音。状況的に誰かが悪戯でピンポン玉を投げた後、全速力で逃げ出したように見えるが、違う。
奴だ。奴こそが敵だ。
「受けて見ろ、利夫スマッシュ!!」
素振りで鍛えた振り抜きで、球に擬態したピンポン玉に仕掛ける。
奴は玉に成りすまし、小気味良い音で塀に当たって跳ねていく。
(まだ本性を見せないか、玉ころめ)
私は頭がおかしくなった訳じゃない。連続ピンポンダッシュの犯人があの玉だと確たる証拠が在り、戦っているのだ。
犯人確保のために憑りつけた監視カメラを見た時、私は驚いた。
何処からともなくオレンジ色の球体が我が家の呼び鈴に執拗に体当たりを繰り返すのだから。
このままでは我が家(独り身の私)の安眠が妨げられてしまう。だから私は、訓練した。
ビュンと空を切る速さと、どんな動きにも対応出来るように鍛え上げた足腰で、対峙しているのだ。
物言わぬピンポン玉が再び戻って来た。
「最後までやり合おうじゃあないか!!」
利夫サーブが孤を描く。塀に何度もぶつかり、加速していくピンポン玉。
どうやら次で終わらせるつもりらしい。
「全身全霊の最終奥義で返り討ちにしてみせよう」
私は構え、ピンポン玉を待った。
十分に加速をしたピンポン玉が、私に向かってきた。
「ひっさぁぁぁぁつぅぅぅぅ。ジャンピング利夫ボディスマァァァァァッシュ!!!」
私の全ての体重をラケットに込め、奴を圧し潰す加重の必殺技だ。
タイミングが合い、奴はラケットに圧し潰され、カカカッと断末魔を上げた後、生き物と同じように体液を噴き出し、息絶えた。
「か、勝った。やったんだ!!」
達成感で満たされる私。
「おーじちゃん。なにしてるのじゃ?」
最近知り合った近所の子どもの和江ちゃんだった。また遊びに来たらしい。
「一仕事終えた所だよ。それよりも、通報されたくないから一人で遊びに来ちゃ駄目って言ったでしょ」
そう。いい歳をした大人が、自分の子でも無い相手と親し気にしていると国家権力を呼ばれかねない。だから警戒している。
「この辺りの人なら大丈夫じゃよ。さ、遊ぶのじゃ~」
今時珍しいお年寄りのような口調で話す彼女が、私の手を引く。
「はいはい。分かった分かった。じゃあ、またピコピコしようか」
「やるのじゃ~」
八十年代後半に出たゲーム機のソフトで遊ぶのがお気に入りの和江ちゃん。
彼女の後を追うように家に戻る。が、ふと、何かを感じ、私は外を見た。
(気のせいか……)
私はこの時、気付いていなかった。
実際の試合で言えば、まだ一点取っただけだった事を……。