16 ピーと言うのを止めなさい
その日も俺は街を歩いていた。
たくさんの人が今日も行き交う場所に、一際道幅が狭くなる場所がある。
そこを通る度に俺は(またかよ)と思う。
その場所には、ピーと音の鳴る機械があった。一体どのような用途で使われているのか分からないそれの前に、何時も男が一人立っている。そして通る度に男は同じ事を言う。
「ピーと言うのを止めなさい」
口調は丁寧だが、怒りにも焦りにも似た様子で、AIなんて搭載していないただの機械に繰り返し怒鳴っている。
気が振れた人なのだろうと、誰もが近付かない。
俺も、ここ以外に通る道が無いから使っているが、出来れば使いたくは無いと思っている。
因みに、男は繰り返しているが、ピーという音を誰も聞いた事が無い。
ある夜、酒を飲んで家路を歩いていると、千鳥足の俺に人がぶつかってきた。
酔っ払いを狙ったスリかと思ったが、顔に見覚えがあった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
腰低く謝る相手は、何時もただの機械に怒鳴っている男だった。
酔っていたが、相手を見た瞬間に酔いが醒めた。
「ああ、大丈夫。大丈夫だから」
深くかかわりたくないと、両手で男を引き剥がし、俺は歩き始めた。
それから、妙な相手に出会った事と、段々と気持ちが悪くなってきた事が合わさり、俺は往来で吐いてしまった。
(もしかしたら、みぞおちに当たってたのかもな)
酔って感覚は無かったが、その可能性を考えていた。
一頻り出すものを出した後、俺は顔を上げた。
男が何時も怒鳴っていた機械の前だった。
「にしても、これは本当に何なんだろうな?」
男が居たから何時もちゃんと見た事が無かったので、まじまじと見て見た。道路の電気関係の操作盤だろうか? にしては取っ手とか、メーターとかが見えない。
不思議がっていると、ピーという音が聞こえてきた。
(耳鳴り? いや、こっちから聞こえたな)
目の前には謎の機械しか置かれていない。
スピーカーらしきものも無いのに、どういう事だろう?
数分探したり考えたりしたけれど、徒労に終わった。
機械からピーという音を聞いてから何事も無いまま、数週間が経っていた。
その間も何回もピーという音が聞こえていたが、何も無かった。
耳鳴りの一種だと思い、俺は気にも留めなかった。
事の重大さを理解したのは、爺ちゃんの一五回忌だった、
一年、二年はなら顔を出していたが、一々実家に帰るだけの金も厳しくなり、長い事参加していなかったが、何故かこの時は節目的な感じがして、実家に帰った。
そこで母さんに聞いた話に、俺は蒼ざめた。
俺にはけっこうな人数の親戚が居るのだが、それが最近ゾクゾクと亡くなっているという。
年齢など関係無くだ。死因も様々だけれど、遠縁だったという事、離れて暮らしていたという事で、今までこちらにまで話が来る事がなかったのだ。
嫌な話に気分が沈んでいると、またピーという音が聞こえてきた。
今まで何も感じなかったし、繋がりも無いのに、何故かその音が怖く感じた。
直後に、母さんの電話が鳴った。ここに来る予定だった親戚が亡くなったという。
(ま、まさかな……)
気のせい。俺はそう思い込む事にした。
だが、気のせいでは無かった。
俺は、それから嫌な予感が拭えず、音が鳴る度に家族に連絡を取るようになった。
すると、やはり親戚が亡くなっていた。
恐怖に駆られた俺は、あの機械の所へ行った。
「お前だな。お前の仕業だな!!」
人目なんて気にしていられない。俺は叫んだ。そしてかつて俺が何度も聞いた言葉を繰り返す。
「ピーというのを止めなさい。止めろぉっ!!」
周囲的には半狂乱になった男に映っただろう。
このやり取りをしている時も、またピーとなった。
俺はこの機械を壊そうと決めた。
殴る蹴るを繰り返すも、人の力では壊れない。当たり前だ。
周囲に良い道具は無いかと探すが、見当たらない。
直後に、ピーと音が鳴り、電話がかかってきた。
出ると、俺は頭が真っ白になった。両親が亡くなったという連絡だった。
「こんのやろぉぉぉ」
怒りのままに、俺は機械に頭突きをした。
地面に倒れ、意識が遠のいていく。ただ、何かが抜けていく感覚が、減っていく感覚だけがあった。
そしてまた、ピーという音が聞こえた。