160 なんだこれ劇場
「な、なんだったんだ……」
全てが終った後、私はそう呟いた。
雨の勢いは強まり、先ほどよりも外の音をかき消すようにザーッという音がしていた。
(……さながら砂嵐ね)
テレビ局が次の放送をしない間に流れていたあれを思い出し、一人笑う。
この雨はきっと、心を切り替えるための私の砂嵐でもあるに違いない。
冷静に、先程の事を思い返し、心を整理させよう……。
――遡る事数十分前。
「雨、凄いわね……」
久々に降る凄い雨音に心が少し不安にさせられていた。
「そうだわ、こんな時は気分が明るくなるような曲が一番ね」
と愛用のラジカセの電源を入れた。
何時も何かしらのカセットが入っているから、歌じゃなくても良いかと思って、何気無く再生ボタンをカチッと押す。
流れてきたのは寂しいメロディ。
「うわぁ、いきなりこれかぁ。二十歳独身一人旅」
哀愁漂う曲調と共に一番と二番で男女の悲しい一人旅を歌った演歌界の巨匠孤独利 追求先生の歌う名曲だった。
「私、この曲を聞くと、一人旅をする前には最低限の下調べはしようって思うのよね」
としみじみ思っていた。
「って、違う。私は明るい歌が聞きたいのよ。孤独利先生のテープは駄目だわ」
テープを入れている箱から、無作為に新たなテープを取り出し、再生する。
今度は明るい曲調。イケイケでノリノリなディスコナンバー的なメロディが流れてきた。
「うんうん。これよ、これ。暗い時にはこういうので気分を明るくしなくちゃ」
踊れる訳ではないけれど、私は内から刻まれるビートを動きで現した。
♪踊れな――
即座に停止ボタンを押した。
(あ、あぶない所だった……)
私は今のを聞いて思い出したのだ。
(今のはヴィジュアル系ロックバンドが前曲のディスコナンバーをメタメタにコケ降ろされた腹いせに書き下ろしたディスファクdancingだ)
初めてのディスコに期待した主人公が、ぎこちない踊りを周囲の客に馬鹿にされる所から始まり、流行が終わり、潰れた跡地で勝ち誇る明るく暗いノリノリな一曲だ。
(曲調がいくら明るくても、歌詞がねぇ……)
自分の持っている曲の歪みっぷりに、少し焦りつつ、次のテープをと、手を伸ばす。
「いや、止めておこう。なんか次も変なのを引きそうだし」
私は、曲での気分転換を諦め、窓の外を見た。
「まだまだ降り続けているわね」
先ほどと変わらない雨音。ただ一つ違ったのは、道に人が出ていたこと。
「よくもまあ、こんな天気に外に出てくるわね。……ってぇ、何あれ!?」
窓に叩きつけられる雨越しに目を凝らせば、全裸な人間が雨に打たれていた。
しかも、なんだか妙にノリノリだ。
「へ、変質者だわ。なんでこんな天気に変質者? 天気予報はどうなってるの!?」
気が動転していたのだろう。天気予報に変態警報なんてないのだから。
「つ、つつ、通報。そう、通報よっ」
電話を手に取り、番号を押そうとした。
その間も外の警戒は怠らない。怠らなかったからこそ、私の手は止まった。
「な、なんか増えだした!?」
最初は一人。次に三人、十人と、けして広くない道に全裸の集団が集まってきた。
そして、謎の踊りをし始めた。
(こ、これは……。フラッシュモブ!?)
突然通りすがりの人達まで同じ動きをしだす動画を以前見た。その時の動画と似ていると思った。
音楽は全く聞こえないけれど、集団は一糸纏わぬ、いや一糸乱れぬ踊りを続けていた。
「って、いけない。通報しなくちゃっ」
ハッと正気に戻り、私は即座に通報した。五分もしない内に数台のパトカーが現れ、集団は御用となった。
集団が居た場所は、雨が全てを押し流したように綺麗だった。
私は、悪夢が過ぎた場所を見つめ、呟いた。