159 苗字
魘されて目が覚めた。
なんて酷い夢だったのだろう。
よく分からない教義を広めている集団が居た。
時代も遥か昔で、数千年。いや、万年単位で古い昔だっただろう。
俺は、そんな時代に夢の中で生きていた。
ある日、俺は母親に突拍子も無い事を言い出した。
「俺、転生してたみたい」と。
そりゃあ、母親にも頭を叩かれる。
その後もその根拠を語って、最後は船に乗って家を出た。
それを始まりに、素人がやったみたいな酷い場面転換が続いた。
昔のハリウッド映画みたいな展開のやり取りをしていたと思ったらコマーシャルだったり、ピンポンダッシュする謎の物体との壮絶な戦いを繰り広げたり。
謎のオレにやたらハイテンションになったりと、振り返るほどにおかしな夢だった。
「いわしみず……」
何度も繰り返し出てきた苗字。
夢に出てきたその人物は、性別を超え、とにかく酷い目に遭い続けていた。
あれが本当であったなら、あの人はよほど悪い何かを背負ってしまったのだろう。
「いや、所詮は夢だ。考えるのは止めよう」
何せ、明日は人生において重大な日。
上司の知り合いの娘さんとのお見合いなのだ。
浮いた話の一つも無いらしく、時代錯誤と言われようと、親御さんは心配らしい。
俺も同じく浮いた話とは縁が無いと話した所、言われてしまった。
「次に繋がらなくても良いから、顔だけ合わせてみないか?」
上司曰く、やる気と同じで、初めてみなければ何も動かない。だから、いやいやでも良いから会ってみてほしい。と、交通費などのもろもろの経費は上司持ちだというので、代り映えのしない日々にちょっとした刺激を与えてみるかと、首を縦に振った。
とは言っても、お互いに腰は根が張ったように重く、明日がそうだと言われても、俺から相手の情報を得ようという気は湧かなかった。
それはあちらも同じらしく、上司とその知り合いの人同士で情報交換をしたものが降りてくるだけ。
仕事であれば、もう少し熱も入るだろうが、そうじゃないのでとにかく消極的だった。
十中八九、いや、十中十は破談だろうと考えていた。
「まだ起きるには早いな。寝るか」
二度寝のおかげで睡眠は十分な状態で、俺は上司と合流した。
そしてそのまま待ち合わせ場所の個室のあるちょっと有名な料亭へと向かった。
待ち合わせにはまだ時間はあったが、先方は既に到着しているという。
それを聞いたら、待たせる訳にはいかないと、俺達は小走りで部屋へ向かった。
「待たせてしまったようで、すみません」
上司が前に出て、挨拶をした。
俺もそれに倣い、頭を下げた。
顔を上げる途中、上司の肩越しにお相手が視界に入った。
特段綺麗という訳でも醜いと訳でも無い。モデル体型でも無ければ、関取体型でも無い。
街中を歩いてすれ違ったとしても印象に残らないだろうと言える印象を持つ人だった。
「私達も数分前に着いた所です。なので、そんなに焦らず、一息ついてください」
上司の知り合い。見合い相手の父親が座ってくださいと手を向けた。
俺達はそこまで息切れをしていなかったが、立ち話をし続ける訳にもいかないと、ササッと座った。
そこから、今日のお見合いを受けてくれてありがとうと上司達が言い合った後、上司が相手の紹介を始めた。
「こちらが本日のお相手になる岩清水――」
心の中で声が出た。
何せ、今朝の夢に出たあの苗字と同じ音だったからだ。
俺がハッとした顔で娘さんを見ていたら、相手と目が合った。
正直、苗字以降の話など入って来なかった。
夢のせいだろう。運命的な何かを感じ取っていたからだ。
それは、恐怖の方が勝っていたように思う。
その後、数奇な出来事を繰り返し、俺が岩清水を名乗るようになったのだから……。