158 鐘が鳴る
また鐘が鳴った。
それが誰がためのものなのかは分からない。
しかし、電車に揺られていた俺は、これを合図だと思った。
何の? 簡単だ、俺自身との戦いの合図。
この鐘を聞くと、何事も無かったのが、突然目覚めたかのように動き出す。
腹辺りがゴロゴロ言い出したと思ったら、圧し潰すように長い雄叫びを上げだした。
周囲にも聞かれたかもしれない。けれど、それが何だというのか。
(負けるな、俺。ここからが始まりなんだ)
時間はまだまだある。ここで取り乱すのは簡単だ。けれどもそれは負けを意味する。
このご時世だ、ギリギリまで粘らなければならない。
半端をしてはいけないのだ。
(最寄りに付いたな)
時計に視線を向けた。まだ、鐘が聞こえてから三〇分も経っていない。
(一度、様子を見るために腰を落ち着けるか?)
丁度休憩スポットがあった。ここで一息付けと言わんばかりのタイミング。
甘い水に誘われるように足が向く。
(いや待て。よくよく考えれば、座るも立つも、力を使うぞ)
上下運動なんて持っての他だ。何せ、重い体を動かすのだ。
人間がスクワットを特に嫌がるのは、屈伸による負荷が辛いからだ。
つまりは、俺も辛いように出来ている。
危なかった。後一歩で俺は休憩スポットに絡めとられる所だった。
余計な負荷は余計な消耗を生む。
それは、タイミングをずらす事になる。
方向習性をし、再び歩き出す。
(大丈夫。後は何も無い)
ただの住宅地を進むだけ。大きなアクシデントがある訳が無い。
往復し慣れた道を行くだけだと、俺は歩んだ。
程無くして、激しい鐘を鳴らす音が聞こえた。
途端に足取りが重くなった。
(何故だ!? 何が起こった!?)
腹からの声はもう聞こえていない。動くのが辛くなっていた。
それでも体の重さを感じつつ、歩き続ける。
(そうか、速度かっ)
早く進もうと動く力が余計な消耗を生んでしまったらしい。
ゆるい傾斜を上るだけでも緩い負担がある。
気付かぬ内に焦っていたらしい。
俺は正しい速度での移動に努めることにした。
やっと見えてきた我が家。
歩幅を小さく、回転数を上げていく。
もう一切の余裕は無い。
歩きながら手を伸ばし、家への認証の支度を済ませる。
認証は簡単だ。手を指定の場所に置き、全身スキャンするだけ。
それを突破した俺が向かうのは、自身の部屋。
視界がかすみ、思考する事も出来ない。
突き動かしているのは、ただの渇望だった。
カプセル型の椅子にドサッと落ちるように腰かける。
それと同時に意識が一瞬途切れた。
“チャージを始めます。”
急速に満たされていくのが分かる。
人と同じ行動をするように作られたヒューマンロボ。
既に元となった存在が消えたこの世界でも役割は変わらない。
与えられた目的を永劫繰り返すだけなのだ。
何かを成功させれば喜ぶように動き、失敗したなら落ち込む動きをする。
人が起こしていたリアクションそのままに、俺達は意味の無いサイクルを繰り返している。
そんな中で、帰宅と同時にエネルギーが切れるように動くのは、自分の中にある唯一のオリジナリティだった。
始まりは、充電回数を減らす事だったか。回数が増えるほど、費用が嵩む。
ギリギリを攻める俺は、きっとヒューマンロボの中でも特に出来が良いだろう。