155 無影響魔法
ここは魔法都市。俺は魔法学園の生徒をやっている。
昔は、使う魔法によってその事象に関わる存在と自分とを繋げる必要があった。
けれど、それだと大なり小なり体に負荷がかかってしまう。
最悪、命を失いかねない。
そんな危険をゼロにするため、魔法使い達は昼夜を問わずに研究をし続けた。
その結果、形式化した詠唱を使う事により体への負担がゼロになる無影響魔法が誕生した。
今、この世界は、そんな安心安全な魔法によって回り続けている。
けれど、俺はそんな世界のノーを突きつけたい。
「最高威力、出したくない?」と。
手の平サイズの火球や、缶詰くらいの直径程度しか穴が開かないツララ。一歩も動けなくなるだけの風に、ちょっとした段差を作るだけの土。
無影響魔法は、そんな刺激の少ないしょぼいのばかりだ。
一応、研究者達は更に効果を高めようと日夜励んでいるけれど、その歩みは亀より遅い。
既に高威力、高効果なものがあるんだし、それで良くない? と俺は考えていた。
一回だけ使ってこの世とおさらばする訳じゃないんだしと。
そこで俺は、本来の魔法に関しての研究を秘密裏に行い、今日はその成果を一つの形にしようとしていた。
部屋の中には、魔法陣。ここに魔法の力と呼び出すための踊りを行い、召喚魔法の実証実験をしようとしていた。
「成功したら何をしてもらおうか。部屋の掃除もずいぶんしていないから、掃除を頼もうか」
軽めのものなら負担も少ないだろうと考えつつ、俺は実験を始めた。
「おいでませ、おいでませ。我が呼びかけを導きにおいでませ」
踊りつつ、呪文を繰り返す。
すると、魔法陣が輝きだした。
「やあやあ、久しぶりに呼ばれて現れました」
見ると明らかに異界の住人。外見が違うだけで、俺達とは可動ヶ所は変わらなさそうだ。
「やった、成功だっ」
喜ぶ俺に、相手は言った。
「おや、あなたが契約者ですか。ずいぶん久しいお呼ばれの相手がこんなにお若いとは。才能あふれるお方と見ましたよ」
「そんな、照れるなあ」
中々嬉しい事を言ってくれる相手だった。
「さて、本日はどのようなご用命で?」
「あー、うん。実は、ちょっと部屋の掃除を頼みたくて。研究ばかりで御覧のありさまでさ」
部屋を見てもらうと、相手は言った。
「最近はどこも呼ばれる事が減りましたからね。不思議に思っていましたが、廃れましたか?」
「まあ、実はさ――」
俺は、相手にこの世界の現状を語った。
その間にも部屋の掃除が進み、俺の部屋は引っ越したてのように綺麗になっていた。
「これで望みは果されましたかな?」
「うん、ありがとう。助かったよ」
「そうですか。では、対価を頂きましょう」
俺は、えっ? っと驚いた。
「いやいや、待ってくれ。対価は召喚の時で終ったんじゃないのか?」
魔法とは、事象が起こったと同時に同程度の対価を払うものだと定義づけされている。
つまりは、召喚魔法も、呼び出された時点で同じ事が起こっているはずだ。
俺は、その旨を相手に伝えた。すると相手は言う。
「それは、陣を発動させるための対価ですね。あなたはまだ、呼び出した者への報酬を与えていない状態にあります」
なるほど。召喚魔法とはそういう違いがあったのか。勉強になった。
「分かった。なら、掃除の対価に何かを渡そう。どれくらいなら同等になるんだ?」
「今は、かつてほど需要が減りましてね、呼び出される機会は皆無に等しいのです。そして、召喚された者の力の程度も対価に関わります。そうですね、あなたを貰いましょう」
「な、何を馬鹿な事を言い出すんだ。部屋の掃除だけで人一人を寄こせだなんて、馬鹿げている。横暴だ」
「いえ、需要が減った事で、価値が上がったのです。今は手に入らないものや、滅多に手に入らないものは値が張りますよね。そして、自ら語るには少々抵抗があるのですが、最高位の力を持っていましてね。それを考慮しますと、あなた一人だけでは足りないのです。が、有意義な情報も得られましたし、あなたを手に入れられるので、今後を考慮してトントンになるとみています」
とんでもない話過ぎて、全く理解出来ないし、同意も出来なかった。
「破棄だ、破棄。絶対に認めないぞ」
「いえ、既に部屋の掃除は終わりました。それでは、対価を頂きましょう」
言われた途端、体は動かなくなり、口が勝手に開いた。
そして、相手の姿が近付いてきたと思った瞬間、俺は自分の体を見ていた。
何が起きているか分からない状況。体が俺に向かって手を伸ばしてきた。
「では、さようなら」
身動きが取れないまま、俺の視界は俺だった体の口に占められた。