14 銭湯無双 後編
「お、兄ちゃん。見ない顔だな。引っ越しかい?」
「いえ。ちょっと父親との思い出をと思いまして」
「親父さんと来た事があるのかい。ここは久しぶりなんだろう? どうだい、ここは」
「そうですね。記憶と違いはしますけど、雰囲気というか、動作というか、そういうので自分が忘れていた事を思い出させてくれました」
「そうかい。どうやら、良い思い出みたいだな。兄ちゃん」
「これは世間話のようにも聞こえますね。好子さん」
「待ってください。気さくなおじさんのように見えますが、彼の瞳を見てください。何かを狙っています。そうです、これは……勝負師の眼です」
「サウナで勝負というと我慢比べでしょうか? あ、今、動きがありました。一旦サウナ室に戻します」
「ところで、ロッカーバトルをしないかい?」
「へぇ、勝つ気でいるんだ。誰であろうと、今日は負けるつもりは無いんだ」
「好子さん。よく分からないバトルが始まりましたよ」
「やはり来ましたか、ロッカーバトル。男さん、これはですね、ロッカー番号で勝負するバトルなんですよ」
「んー、意味が分かりません。解説の続きをお願いします」
「勝負は簡単。お題を出して、より優秀な数字を出す事が出来れば勝ちです」
「お題とは、誰が出すのでしょうか?」
「次には行ってくるお客でも良いですし、自分達で決めるという手もあります。これは熱い戦いになりますよ」
「ああ、サウナだけにですね。それでは再びサウナ室に切り替えます」
「お題を出すのはどっちにする?」
「ふっ。臆せずに勝負を受けてくれたお礼だ。お題は兄ちゃんに任せる」
「ロッカーバトルではロカリストが出題者の場合、出題者が圧倒的に有利だというのに!? 一体どんな数字のキーを持っているんだ……」
「ほら、汗だくになってるぜ、兄ちゃん。そのまま倒れても、勝者はこっちになるんだぜい」
「安い挑発だ。けど、乗ってやる。お題は、記録を持っている野球選手の背番号だ!!」
「来たか。この銭湯のロッカーの数は男女合わせて四十。二十一からは女湯だから、俺達が選べる範囲は一から二十。俺が今日、その中から選んだ数字はこれだっ!!」
「十八!? 盗塁とバットホームランの数が日本一のヌスット・バットの背番号だとぉっ」
「彼は盗塁数九七一。 バットホームランの数一三七四という凄さと握力の弱さが特徴の名選手だ」
「確かに、バットをホームランする先取なんて彼以外に居なかった。けれど、この勝負、貰た。こっちの番号はこれだっ!!」
「な、なにぃっ!? 一三だって。おい、まさか、その選手の名前は……」
「ボールポット三須有選手の背番号さ」
「あの、デッドボールを受けた回数世界一で、壁激突回数国内一位のとんでも選手の番号とは、恐れ入ったぜ」
「それだけじゃない。彼は、俊足なのが仇になって、中継をしようとするも、仲間にボールを当てられた回数でも凄い記録を持っている。ボールが何故か彼の体に吸い寄せられていく事から、ボールポットという異名が付けられるほどだ」
「何度ぶつけられても倒れない姿に、世知辛い時代を生きた俺達は勇気を貰ったもんだぜ。ああ、負けだ。その番号を出されちゃあ、誰も勝てねぇ」
「あの、これ、大丈夫ですか?」
「何か問題でも?」
「個人を思いっきり侮辱してません?」
「男さん、何を聞いていたんですか? ヌスット選手は、その怪力で飛ぶバット見たさにファンが集まるほどの選手ですよ。それに、ボールポット選手もです」
「後者の選手はせめて、三須有選手と呼んであげてください」
「彼らは野球ファンを熱くさせた素晴らしい選手達です。そこをちゃんと理解してください」
「ええーっと、はい。よく分かりませんが、風呂場さんはロッカーバトルに無事、勝利する事が出来ました。そして、サウナを出て行きます。これは、水風呂でしょうか?」
「火照った体に冷水。その刺激は勝利の美酒にも勝るとも劣らないものでしょう」
「それなら私は、美酒を頂きたいですね。それにしても、風呂場さん、満足そうですね」
「追加の情報によりますと、彼のお父様は、ボールポット選手の大ファンだったそうです。なので、彼もかなり喜んでいるようです」
「なるほど。あ、風呂場さんが水風呂から出ましたね。サウナと水風呂を往復する方がいますが、彼もそうなのでしょうか? おや、これは……。更衣室へ向かっています。という事は、ここで彼の入浴は終了のようです」
「すっかり満足した表情をしていますね。これはお父様も満足されたのではないでしょうか?」
「全てを出し切り、やり切った男の顔ですね。ロッカーへ向かう様は、さながら英雄の凱旋でしょうか。好子さん、今日のハイライトはどの場面でしたか?」
「そうですね。私はやはり、ロッカーバトルでしょうか。男と男の熱波の駆け引きには手に汗握りました」
「私はこの後のクレームを思うと冷や汗が出そうです。因みに私は、ゲージ解放の入浴でしょうか。いやあ、あのシーンは何度見返してもお風呂に入りたくなりますね。辛い事をお湯に流すため、この後スーパー銭湯に直行します。あ、もちろん一人で」
「さあ、男さんの寂しい生態はさておき、風呂場さんの着替えが終わりましたよ。火照った体に、外の風が優しく吹いていますね」
「それではそろそろ、私達も失礼させていただきましょう。こちらは特殊な交渉術により了承を得ているものであり、この交渉術を用いずに今回のような事をしては一生外に出られない可能性がありますのでご注意ください。次回のこの時間は『コント 出会い』を予定しております。それでは皆さま、またお会いしましょう。さようなら」