152 三行半
「もうやってられない!!」
女は男にそう言って一枚の紙を叩きつけた。
「なんだこれは?」
男の間の抜けた声に女は語気を強めた。
「三行半よ!! じゃあ、さようなら」
愛想が尽きたと家を出て行こうとする女。
今、一つの家庭が終わりを迎えた。
「いや、待て」
男が女を引き止めた。
女は、男が別れてくれるなという懇願でもするのかと思っていた。
「ちょっと待ってろ」
しかし、待機していろという謎の要求。女が何か言う前に男は家を出て行ってしまった。
しばらくして男がやっと戻って来た。その手には筆と紙が。
「墨と硯もある」
女は訳が分からず、ポカンと間の抜けた顔で男を見た。
そこに男が言う。
「俺達の時間が三行半で終るのか?」
何年も過ごした二人の時間。それが定型文となり、関与の無かった第三者からの無感情な文章で語られるものなのか。男の言葉に、そんな感情が込められているのでは無いかと、女は思った。
「違うだろ! さあ、この神に思いの丈をぶつけるんだ。さあ、さあさあっ!!」
渡し渡されで清算される訳が無いと、男は女に筆と髪を渡した。そして、自分は墨をすり始めた。
「そうね。そうだわ」
女の心に残っていた、別れるのだからと後で捨てるつもりだった男との日々で生まれた鬱憤に火が点いた。
「墨、出来たぞ」
女は墨を受け取ると、溜まりに溜まった物を思いのまま、感情のままにその丈を紙にぶつけた。
そうしてできた一冊の本は、発散されることの無い鬱憤を抱えた主婦層の教官を呼び、人気爆発。
縁の切れ目に居た二人には、お金が入って懐が満たされた。
おかげで働かなくてもよくなった二人の関係は修復され、円満な夫婦としてその後も暮らしたそうな。