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なんだこれ劇場  作者: 鰤金団
153/166

147 怪談話

 蒸し暑い夜の事。

 缶ビール二本が入った袋を揺らし、俺は家路を急いでいた。

 その途中、蹲っている人の姿が目に留まった。

(不審者かぁ? それとも何か困り事か?)

 突然襲われでもしたら堪らないと、俺は距離を開けて通り過ぎようとした。

 しかし、横目で見る相手の姿は身ぎれいなもんで、病んでいるという風でもない。

 途方に暮れているという印象の方が強かった。

「あんた、こんな所で何してるんだ?」

 好奇心というのもあったが、俺は相手をほっとけないと思い、声をかけていた。

 俺の言葉に、相手は顔を上げた。疲れ切った上にげっそりしている男だった。

 体調不良なら、救急車を呼ぶべき事態かもしれない。全ては相手の返答次第だった。

「いやね、ちょっとホームレスになっちまって」

 俺は、なりたてだったのかと、少し厄介そうだと身構えた。

 妙に関係を作って、家に居座られたり、今後たかられたりしては溜まったもんじゃない。

「そうか。それは大変だったな。困っているのなら、警察か役所に行った方が良いんじゃないか?」

 行政なら今後の助けになる情報を彼に与えるだろうと思った。

「親切にありがとう。でもね、クビになったとか、そういうんでホームレスになった訳じゃないんだよ」

 俺の視線でそう感じたのか、男は求めてもいない情報を開示してきた。

「そうなのか。まあ、このご時世だ。何があるか分かったもんじゃないよな」

 俺がそう言うと、男は頷きながら笑った。

「でもね、俺もまさか、家が無くなるとは思っていなかったんだ」

 俺は男の言葉に首を傾げた。

「自分でホームレスだと言ったんじゃないか。だのに思っていなかったというのはどういう事だ? 建てた家や借りてた家に払っていた金が出せなくなったから追い出されたんだろ?」

「いやね、違うんだよ。家に続く道が消えてしまったんだ」

 頭に問題を抱えているタイプなのだろうか。それとも、突然家への道程を忘れてしまったという状況なのか。

「あんた、まずは病院に行くべきじゃないか? 何なら、夜間でも見てもらえる近場を探そうか?」

 スマホに手を伸ばしつつ、男に尋ねた。

「今のまんまじゃ、心の方の病院に連れてかれるな。でもね、こっちは正気なんだ。だから、途方に暮れてるんだよ」

 どうにも要領を掴めない。男は何を言いたいのだろうか?

「……仕方ない。ほら、これが空になるまでの間は話を聞くから、話してみなよ」

 男に袋の中のビールを一本渡し、もう一本を開けた。

「酒でも飲まなきゃやってられないってのは確かだな。ありがとう。聞いてくれるかい」

 男は、自分の身に起きた事を話し始めた。

「何、話はとっても簡単さ。俺は普通に家に向かって帰っていただけなんだ。俺の家までの道程には、そりゃあ階段が多くてね。階段が多いって事は、坂が多いんだ。そんな場所にあるもんだから、安月給でも他生はゆとりを持てる家賃になっててね。だからそこを選んだんだ」

 立地の悪い所に住んで居ると話す男。

「それで、今日も帰っていたんだ。幾つもある階段坂を登って、家の手前の坂の入り口に立っていた時に、何時もと違うと気付いたのさ」

「何時もと違うというのは?」

 坂事態に変化なんて無いだろうと、俺は男に尋ねた。

「妙に静かでね。人がそんなに居る場所じゃあ無かったから、人の声が聞こえないのは何時もの事さ。けれど、虫の声も聞こえないのは妙でね」

 今は夏。虫の声なんて耳をすませばいくらでも拾う事が出来る。いや、それよりも……。

 俺は言いたい事があったが、男の話を優先させた。

「どんな妙な雰囲気でも、帰る場所は一つしかない。だから、階段を登り始めたんだ。一歩一歩登って行ったさ。けれどね、やっぱりおかしいのさ。普段ならもう登り切っても良い頃合いなのに、階段が終らない。上を見ても家が見えてこないんだ」

「階段はまだ続いていたのか?」

「もちろん。だからね、登り続けたよ。でもその内、体力が尽きてね。その場にへたり込んだんだ。へぇふぅ息を切らしていたらね、気付いたんだよ」

「気付いたというのは?」

「確かにね、住んで居る場所は地域で一番高い場所だったさ。だからその場所での目線で見たら、遠くの建物や山以外は見えないさ。でも、下を見ても建物や車の明かりが無いのはおかしいじゃないか。驚きと恐怖で足元見たら、自分の足以外に見えるものが無い。上も下も分からない暗闇の中に居たんだ」

「それで必死になって逃げてきたのか?」

「登ったのか、降りたのかも覚えていない。ひたすらに走り続けて、気付いたらここに居たのさ」

 とんでもなく恐ろしい体験だったと、男は喉を鳴らしてビールを飲んだ。

「聞いてくれてありがとう。おかげで、少し気持ちが楽になったよ」

 男が俺に感謝していたが、喜びよりも別の感情が心を占めていた。

「どうしたんだい? 気になる事があったなら、何でも言ってくれてかまわないよ」

 ここまで良くしてくれた相手なのだからとばかりに、男は俺に有効的な振る舞いをしていた。

 俺は、言おうかどうしようか迷ったが、言おうと決めた。

「……落ち着いて聞いて欲しい。今、あんたが居る場所には、地域には、話に出た場所は無いんだ」

 俺の言葉を聞いた男は、ピクリとも動かなくなった。混乱し、情報の整理に全てを集中させていたのだろう。

「じゃあ、ここは何所だと言うんだ? 俺は何でこんな場所に居るんだ?」

 男は俺の服を掴み、縋りついた。

「お、俺に言われても困る」

「そんな事を言わずに、助けてくれよ」

 救いを求められても無理な話だ。自分の力量ではどうにもならない範囲の話なのだ。

 困った俺は、自分の手に持っていたビールに気付いた。

「悪いが、俺のビールは空になってしまった。これでお開きだ」

 最初に飲み切るまでなら話を聞くと言っておいて良かった。口実が無いよりもましだと思った。

「そんな……。いや、無理を言うものでは無いのか?」

 物々と自問自答する男。この隙に居なくなるべきだろう。

「ああ、待ってほしい。一つ、この辺りに岩清水という人間の家は無いだろうか?」

「聞かないな。もしかして、それがあんたの家なのか?」

「ああ。そうか、無いのか……」

 足掛かりになりそうな情報も無いと、男はがっくりと肩を落としていた。

「交番なら、この道を降りた先にある。地図を見せてもらうといい」

 俺は最後に、男にそうアドバイスをした。

 その後、岩清水は家に戻る事が出来たのだろうか?

 俺はこの日の出来事をきっかけに、必ずビールを二本持ち歩く事にした。

 冷たかろうが、温かろうが関係無い。

 口実があったから助かる事もある。これも一種のお守りなんだ。

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