146 食べ放題
腹が減っていた。とにかくたくさん食べたい。そんな欲求が俺を支配していた。
(ラーメン、焼肉、定食屋……)
店屋は幾つも見つけたが、どうにも気持ちが向かない。
しかし、腹は減っていた。一つの店でドカンと大量注文するべきだろうか?
しかし、それはそれで抵抗がある。何より、ここは初見の店ばかり。量も分からずに大量に頼んで、残してしまうのは恥だ。
足取りも段々弱くなり、目も何だか回り始めてきた気がする。
いよいよ決めなければと思っていた矢先、食べ放題の文字が。
(そうか、食べ放題だ!!)
すぐに店に飛び込んだ。ここなら、セルフサービスで色んな料理を食べ放題だ。
店内に入ると、店員がすぐさま対応してくれた。
「では、食べ放題開始前にこちらをお飲みください」
そう言って眼前に置かれるジョッキ。
(いや待て。何かおかしい)
俺はどうも見慣れないサイズのそれを二度見した。
その間に店員は濁りの無い透き通った水を注いでいく。氷入りのピッチャーの内容量が見る見る減り、カランと氷が鳴った。
(これは、中でも大でも無い。メガジョッキか!?)
ギガとかテラとか、通信界隈以外にも進出を果し、噂ではコップにもと聞いていたが、遂に俺の前にも姿を現した。
「因みにこれ、どれくらいの量の水なんですか?」
コップのインパクトのせいだろうか。市販のペットボトルぐらいありそうな気がして尋ねてしまった。
「一リットルです。当店では、大人の方にはこちらを事前に飲んでもらう事になっております」
「そうなんですか。凄いですね」
「店長曰く、食べ放題にやって来るお客さまの胃の柔軟のためとか」
(んな話があるかぁぁぁぁっ。単にそっちの利益にしたいがためだろうがっ!!)
心の中で毒づくも、今から店を出るのは憚られた。
「そうなんですか。では、早速」
「一気飲みにもご注意ください」
にこやかな店員の一言。一リットルなんて一回で飲み切れる訳が無い。
そう思いつつ、俺は小刻みに喉を鳴らして飲み切った。
おかげで空腹感は落ち着きを取り戻した。
「はい、それではこちら、一時間の食べ放題を開始いたしますね」
店員と時計を確認し、俺の食べ放題は始まった。
「ふぅ、食った食った」
料理は寿司に焼肉、焼きそばお好み焼き。味噌汁豚汁、スパゲティにエトセトラエトセトラ。 たくさんの種類があり、十分に満足の出来る品数だった。
俺のお腹も満腹、満足。そこに店員がやって来た。
「お時間が迫ってまいりました。ご満足いただけていますか?」
「ええ、とても美味しく頂きました。もう御馳走様です」
まだ五分ほど残っていたが、悪あがきをするつもりは無かった。
「では、食べ放題終了でよろしいですか?」
「そうですね」
俺がそう答えると、店員は一時間振りに目の前にジョッキを置いた。
「え、何ですか、これ?」
「メガジョッキですよ」
「ああ、やっぱり。って、いや、何故これを置いたのかって事ですよ」
「店長曰く、食後のお客さまの胃には料理が詰め込まれていて渋滞を起こしています。なので、こちらのお水でお客さまの胃の助けをするためのサービスとなっております。なお、これを飲み切るまでが当店のルールとなっております。店の入り口にもそう注意書きがされているので、お客さまも十二分に理解されて来店してくださったのですよね」
笑顔の圧力が怖い。
それに満腹の胃にメガジョッキとは、悪魔的である。しかし、そうしなければ出られないというのであれば、ここはやるしかない。一時間前の空腹を理由に見落としていた自分を殴りたい。
その後、俺は何とかメガジョッキを空にした。
「それでは、お会計二千円となります。レジまでお越しください」
「は、はい……」
店員が去って行った。
俺は立ち上がろうとした。けれどもお腹が苦しくて立ち上がる動作すら出来ない。
五分後、店員が戻って来た。
「お客さま。後五分以内にお会計を済ませていただけない場合は、お席のチャージ量として三万円頂きます。因みにこちらも注意書きに記されていますので、十二分にご理解されてから来店されていますよね」
確認では無い。先程からそうなのだが、この店員は確認はしていない。
この店のルールはそうなっていると、事実を一見すると確認しているような口調でこちらに突き刺しているだけだ。
しかし、動くのも辛い状況の俺だ。物を言う頭も回らない。
俺は自ら地獄に足を踏み入れてしまっていたようだ。