144 時が来た
「おじいさん。おじいさん? ……おじいさんっ!」
草むらの中見つけた彼に声をかけた。一度目にただ呼びかけ、二度目に妙だなと思い、三度目で声を荒げた。
何故おじいさんが動かないのか。少しだけ時を遡って見てみよう。
二時間前に時は戻る。
今、日課の散歩をしているのは、一時間後に動かなくなるおじいさん(岩清水 七八歳)。
足取りもしっかりしていて、健康そうですね。では、内側に病気を抱えていたのでしょうか?
いいえ。彼は昨日、人間ドックで体の隅々まで見てもらい、健康体だとお墨付きを貰ったばかりです。
おや、何やら足元に生えている草に足を止めましたね。
妙な所で蛹となっている虫に気付いたようです。蝶でしょうか? 蛾でしょうか?
そんな知識はおじいさんにはありません。ですが、見つけてしまったので、ついまじまじと見てしまったようです。
「そうか。そろそろかっ」
何かに気付いたらしく、慌てて立ち上がり、お爺さんはその健脚で何処かに向かいましたね。
追いかけて、追いついて。見つけた先は、スーパーでした。
何か、買い忘れを思い出したのでしょうか?
「これとあれとそれと……。どれと?」
明らかに老人の胃袋では無理がある量の食料を買い込んでいます。それも、自分で一品作るタイプのものではなく、温めたりしたらすぐに食べられるものばかり。
何週間分の食料を買い込むつもりでしょうか?
袋に商品を詰め込むのも大変そうですね。
さて、ヒーフー言いながらお爺さんが家に帰ってきましたよ。
次は食材を仕舞い込むのでしょうか? と思っていたら、手を洗ったら片っ端から食べ始めましたね。遭難でもして何日も食事をしていなかった人のような食べっぷりです。
喉に詰まらせないか心配です。
さて、そろそろお爺さんが動かなくなる時間になってきましたね。
買い込んだものを全て綺麗に平らげたお爺さんは、よたよたと覚束無い足取りで家を出ましたね。
一体何処へ行くのでしょうか?
あっと、草むらに入っていくではありませんか。これでは虫刺され放題です。
場合によってはアナフィラキシーの危険もありますね。
っと、おじいさん。なんと、その場で横になり、膝を抱えて丸くなりました。
時間を見て見ましょうか。発見される五分前。
おじいさんのしようとしている事がまるで分かりません。
あっと、人がやって来ましたね。時間を見てみると、ここで冒頭に戻りましたよ。
三度呼びかけても動かないおじいさん。
人が触ってみましたね。驚いた反応です。
「か、硬い!?」
それは所謂硬直ではないでしょうか?
何やら発見者が電話を何処かにかけていますね。
おや、それからまもなく、何やら近くで車が止まりましたね。複数人。足音から四人くらいがおじいさんに近づいてきていますね。
「通報者はあなたですか?」
「ええ、はい」
動揺しきりな発見者ですね。初めてだったのでしょうね。まあ、何度も経験はしたくない状況ですし、当然でしょう。
「ご協力感謝します。このような場所で固まられては、保護する事も難しいので」
「いえ。これは国民の義務でもありますから」
「では、お名前と住所をこちらに記入してください。後日、謝礼をお送りします」
何やら不思議なやりとりが行われていますね。それに保護とはどういう事なのでしょうか?
――半年後
一気に時間が飛びましたね。あのおじいさんは今頃壺の中でしょうか?
おや、よく分からない場所に何やら沢山置かれていますね。近付いて見てみましょう。
ああっと、これはおじいさん。半年前に動かなくなったおじいさんです。
周りに目を向けてみると、老若男女問わず、丸まった人が置かれているではありませんか。
もしや、安置所なのでしょうか? 仮にそうだとしても、この部屋に居る全ての人が丸くなっているというのは妙です。気味が悪いですね。
っと、おじいさんの体に変化が。ヒビです。ヒビが入りましたよ。
その後、ゆっくりと色素の薄い人おじいさんから出てきます。
若い。青年です。外見は二十代でしょうか。
「前回と変わらずか」
おじいさん? の声が若さを取り戻したような声です。中身はおじいさんなのでしょうか?
おや、部屋に人が入ってきましたね。
「お疲れさまでした。今回は発見者がいなければ危ない所でしたよ」
「いやはや、それは申し訳ありません。どうも、習性が悪さをしたようで」
平謝りな元おじいさん。
「よくある事例ですし、必ずしも対処出来るものではありませんが、気を付けてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
元おじいさんが謎の建物から出ましたね。
「ああ、体が軽い。節々も元通りだ。やっぱり脱皮は最高だ」
意気揚々と足取り軽く歩き出す元おじいさん。
その背後には謎の建物の看板が。確認してみましょう。
蝶クラゲ人間保管所と書かれていますね。
なるほど、だから若返ったんですね。