14 銭湯無双 中編
「一糸乱れぬ同時回しをやってのけたぁぁぁ。これはかなり練習していますね、好子さん」
「そうですね。人の筋力は本来、聞き手の方がどうしても発達してしまいます。なので、力加減を均等にする事はとても難しいです。ですが、彼はやりました。まさか、彼のような若さで、このような大技を繰り出してくるとは、驚きですね」
「おおっとぉ。出来たお湯も冷たすぎず、熱すぎずの適温だったようです。そのまま前進を濡らし始めましたね」
「どうやら彼、相当に経験を積んだ強者のようですよ。そうでなければ、シャワースタートのお湯作りは出来ません。行うのは無謀を勇敢だとはき違えた愚か者か、実力者のみです」
「全身の隅々までお湯をかけていきます。これは凄い。完全にお湯が滴る良い男です」
「頭から洗い始めましたね。これは……坊主頭の手軽さを有効活用し、固形石鹸で全て済ませるつもりのようですね。これは時短なのでしょうか?」
「供養のつもりで時短なんてしますかね。これは普段からこの洗い方なのでは無いでしょうか?」
「確かに。無駄がありません。これは手慣れ感が出ていますね」
「おおっと、風呂場さんが泡を流し始めました。目を閉じたままでもノールックで適温シャワーです。先程の一回で距離感も完璧とは、末恐ろしいですね。好子さん」
「これは達人技ですよ。それを可能にしたのがポジショニングの上手さですね。彼は座る時に椅子位置を決めていたのでしょう。銭湯の洗い場は概ね同じです。場所を把握していれば、可能な動作です。ですが、なれない場所ではどうしても臆病風が吹くものです。風呂場さんには、そのような躊躇いが全く見られませんでした」
「つまり、突き指も恐れぬ男という事ですね。さあ、風呂場さんが席を立ちました。次はどうするのでしょうか?」
「身を清めたので、浴槽に入るようです。手ぬぐいを手に取りましたよ」
「頭に乗せるのかと思いきや、乗せませんね。少し、入水する事を躊躇っているようにも見えますね」
「これは……。分かりましたよ、男さん。お湯の温度です。標示されている今のお湯の温度を見てください」
「な、なんと、六十℃!? これは熱い。一般人を拒む温度ですよ」
「ですが、入っている人は居ます。これは……この銭湯の主でしょうか」
「たった今入った情報によりますと、優雅に寛いでいるグランドジェネレーションは温湯浸さん。御年七十歳。彼は子どもの頃からお爺様と一緒にお風呂に入ってきた事で、熱湯にも高い耐性を獲得したようです。そして、この憩いの湯が始まった頃から居る御贔屓さんです」
「やはり、この銭湯の主でしたか。さあ、風呂場さんはどうするのでしょう」
「これは水を足しては別の勝負が始まりそうですね。お送りしているのは銭湯無双。決して戦闘無双ではありません。銭湯と人とのぶつかり合いが売りですから、お巡りさんの登場は避けたいですね」
「男さん。彼、もしかしたら銭湯ゲージを解放するかもしれませんよ」
「ああっとう。何時の間にやら銭湯ゲージが満タンだぁ。ご存じない方のために説明しますと、銭湯内での行動によってメーターが溜まっていきます。解放すると、一定時間様々な効果が得られるようになる効果があります」
「水を足した途端に怒る主に対し、メーターを解放して乗り切るのでは無いのでしょうか?」
「さあ、好子さんの予想は当たるのか!? っと、手ぬぐいを広げ始めました。全裸でパンパンさせ始めましたよ」
「男さん、浴場で裸なのは当たり前です。落ち着いてください」
「失礼しました。お? おお? てぬぐいの縦では無く横の角を掴みましたね。そして、両手を動かし始めましたよ。これは……八? 数字の八でしょうか? いや違う。無限。∞の記号の動きです。そして、風を作り始めましたよ」
「ああ、男さん。浴槽を見てください。揺れていますよ」
「そうですね。ん!? どんどん波が大きくなっていっているような……」
「風。風で温度を下げようとしているんですよ。その証拠に見てください。下がっていきます。下がっていきますよ」
「六十から五十へ。まだ行く。まだまだ下がっていくぅぅぅぅ」
「四十℃になりました。一般人が入れる温度になりましたよ。これに主はどのような反応を見せるのか」
「普通に入浴しています。肌が強く、熱の感じ方が鈍っているからでしょうか? それとも、長茹でのぼせた体に、冷水のような心地良さを感じているのかぁぁぁ!?」
「一汗掻き、危機を脱した風呂場さんが、かけ湯で汗を流して入りましたね。満足そうです」
「はぁぁぁぁぁ」
「心の底から気持ち良さそうな声だぁぁぁぁっ。そしてついに、ここで銭湯メーターを解放したぁぁぁぁっ。遂に解放しましたね。好子さん」
「そうですね。これを見ていると、一風呂行きたくなりました」
「良いですね。これが終わったらスーパー銭湯に行きませんか?」
「ごめんなさい。一人風呂が好きなので……」
「誘いが断られてしまいましたが、実況は続けていきます……」
「明らかにテンションが下がっているじゃないですか。どれだけ一緒に行きたかったんですか?」
「いえ、なんか、ただ流れで誘っただけでしたが、本気なトーンで断られたので堪えました」
「すみません。入浴に柵があると駄目なもので……」
「さあ、私達の関係が冷え冷えになった所で、風呂場さんに動きがありました。浴槽から出ました。これはこのまま終了か!?」
「男さん、彼の視線の先を見てください。あそこに入るようですよ」
「さっぱりした後にサウナですか。これは心機一転しようと、とことんまで攻めるつもりですね」
「そうですね。あら、サウナ室に先客が居たようです。これは新しい戦いの予感がします。いったん音声をサウナ室に切り替えてもらえますか?」