142 伏線を求めて
皆さんは、伏線というものをご存知でしょうか?
何かしらのストーリー仕立ての創作において、事前にその存在を知らせておくあれです。
自分で見つけられた時は嬉しいですし、後で教えられてへぇーそうだったんだぁっとなりますよね。
これは、そんな伏線を追い求めた男の物語です。
晴れた空に少し色濃いの雲が浮かんでいる空。レザー製のお気に入りの椅子に腰かけ、コーヒーを啜りながら、空を見ていた。
「その雰囲気、伏線っすね!?」
空気をぶち壊す一声は、最近やって来た助手の岩清水。
私は、探偵という仕事をしている。ペット探しに不倫の調査。身辺調査と、ゴクゴク一般的な探偵業に勤しんでいる一般市民。それが私だ。
そこに、探偵に憧れて、というよりも伏線を求めてやってきたのが彼だ。
彼は先程の一声のとおり“伏線”に偉くご執心なのだ。
探偵業の門を叩いた理由を聞いても「一番伏線に触れられるのはどの仕事なのかを考えたっす。そうしたら、やっぱ探偵しか勝たんってなったっす。簡単酢」と居酒屋でさっぱり煮が盛られた器片手に言っていた。
(違う違う。そうじゃ、そうじゃない!!)
違うんだ、岩清水っ!! と言いたくなったが、どんな理由であれ労働意欲の根本をすっぱり切り落としてはいけないと思い、軽く流しておいた。
思い出すと、ため息が出る。
「ふぅー」
「その物憂げな感じ。この後に起こる展開の伏線っすね」
私は、静かにコーヒーカップを置いた。
「そうだね。伏線だったね」
私は、彼の目をジッと見つめた。
「な、なんか熱いものを感じる展開っすね」
ああ、そうだろうね。結構溜まっていたからね。
心の中で、彼の推察の正確さを褒めつつも、滾る思いを開放させた。
「岩清水、クビ。理由は分かるね?」
この問いに、彼は笑った。
「もちろんっす。事あるごとに伏線か確認していたのが伏線だったすね」
「ああ、そうだよ」
間違っていないので、同意した。この後、彼から罵詈雑言が飛んでくる事も承知の上だったのだけれど、違った。
「これは、後にここに戻って来る伏線っす。難題にぶつかった時、自分の力が欲しくなるっていうね。これは名コンビの誕生の予感っす。それまで自分は落ち感を出すために闇落ちしてくるっす。難事件で再会しましょうっす」
何言ってるのか分からないけれど、随分と明るく去っていった岩清水。
静かになった部屋。私はコーヒーカップを手に取り、改めて空を見た。
雲一つ無い、綺麗に晴れた空だった。
(うち、ドラマとかみたいな展開の無い事務所なんだけどなぁ……)
その後、私は引退するまで岩清水と出会う事は無かった。