139 小旅行
先日、賽の河原に行ってきたんですよ。
皆さん、知っていますかね。ほら、子どもが亡くなったら行く場所。
まさか私もね、齢四十を越えて行くとは思っていなかったんですよ。
え? 精神が子どもだったんだろって? いやだな~、違いますよ。
ここじゃあえて生前と表現しますけどね。生前の私は、ふら~っと夜道を歩いていた訳ですよ。そうしたら、トラックがゴーッとやってくるじゃないですか。その時の正面のガラスにね、異世界行きって書かれてたんですよ。
それに気付いたのは、トラックの猛アタックを受けた後なんですけどね。
薄れゆく意識の中で、ああ、私も異世界行きか~って思ったんですよ。
で、目を覚ましたら、何とも言えない薄気味の悪い所でした。
うっそうとした森の中なんて、メジャーな気味の悪さとはちょっと違いましてね。
人の身長と大体同じくらいな高さの木が沢山ありまして、しだれ柳みたいに皆、枝が垂れさがってるんですよ。
ほら、皆が幽霊でイメージすると出てくるあの手。あの手の形みたいで、嫌だなー、気味悪いなーなんて思いましてね。
こんな所に居られるか!! って、サスペンスとかミステリーで、犯人が居るかもしれないのに一つの場所で過ごせるかっていう人居るじゃないですか。まさにそんな感じでね、私も離れたんですよ。
当てもなく歩いているとですね、まあまあ、寂しい景色が広がっているじゃないですか。
緑なんて無い、砂の色の大地が延々と続いていましてね。
草なんて、禿げた親父の頭頂部の宝みたいに、所々に一本だけ生えてるんですよ。
パッと浮かぶのは西部劇だったんですけどね、それよりも何だか体に悪そうな色の空と大地だったんで、あ、これ、違うな~って思いましたね。
そこからまた歩き続けていると、今度は猛暑で濡れタオルを頭に被っているみたいな感じで、地面スレスレまで真っ白い布を頭から被った人の列を見たんですよ。
もうここで気付きましたよね。ここ、異世界じゃないなって。
まあ、死後の世界なんで、異世界っちゃ異世界なんですけど、世間一般のイメージする所ではない訳ですよ。
で、あの列の所に行ったら不味いなって思いましてね、そこを離れたんです。
更に歩いた所で到着したのが、話の頭に言った賽の河原だった訳ですよ。
見たら、子ども達が泣きながら石を積んでる訳ですよ。
で、ある程度詰まれたら、鬼の形相をした人が壊していくんですね。
話に聞いた通りですよ。
間近で見て、その壊して回っている人のプロの技を見ましてね。
ほら、あんまり景気良く意思を吹っ飛ばすと、河原に石が無くなるじゃないですか。それに、割れるでしょ。
プロは力任せのように見えて、そのギリギリのラインで壊していくんですよ。
いやー、凄いですね。今後の参考にはならないでしょうけど、参考になります。
と、観察し続けていましたけどね、私も一社会人。もっと言えば、齢四十を超えた大人な訳ですよ。
このまま理不尽にせっかく頑張って積み上げたものを壊される子どもを見ていたら、不憫で仕方が無くなりましてね。
こりゃどうにかせんといかんという、妙な正義感と使命感が湧いてきました。
でも、あんな鬼の形相をした人に立ち向かえなんてしません。
荒廃した世紀末世界の住人にも立ち向かえない一般市民な私なんでね。
身に付けている物で何か役立ちそうなものはないかなと思ったんですよ。
そしたら、見つけました。お徳用、瞬間接着剤の十個セット。
いやね、私、差し歯がよく抜けるんですよ。でも、歯医者って、キュインキュインしてて怖いじゃないですか。ギュォォォォンとか聞こえてきたら、もうブルっちゃっておしめぇよって感じで、トイレで落ち込むじゃないですか。
よく抜ける差し歯はね、そんな私が酔いでへべれけな状態の時に作ったものなんですよ。
だから、もう二度と、絶対に手に入らないという思いで、抜ける度に瞬間接着剤でInさせているんです。こんな人、私以外に居ないでしょうから、真似する人も出ないでしょうけど、素直に歯医者に行く方が良いんですけどね。
とまあ、そんな事情で瞬間接着剤を持っていた訳で。
これを使って、私は飛び込んだ訳ですよ。
出て行ったら、鬼の形相をした人はポカーンとした顔でしたね。
それはそうでしょう。何せ、子どもしか居ない場所に大人が現れたんですから。
で、軽く挨拶をした後に、次々と子ども達の積んでいる石に瞬間接着剤を付けて行くんですから。
鬼の形相をした人が我に返った頃には、壊すのも惜しいくらいにエキセントリックな石の塔が並んでいました。
これ、観光名所でバズれるんじゃない?
そんな事を思っていたら、頭の中で声が聞こえました。
いえ、内なる自分とか、中二の頃に目覚めし封印された悪魔とかじゃありませんよ。
(ごめん、間違えた。あと、やりすぎ)
そんな声の後、目の前が真っ暗になってしまいましてね。
気付いた時には留置所ですよ。
どうやら、道路で寝ていた所を運ばれたみたいです。
夢だったのでしょうか? いえ、夢ではありません。
だって、十個セットのお徳用が、残り一個まで減っていたのですから。