135 通れぬ道
昔々の話を思い出していた。
まだ頭に殻を被っていそうなくらいに小さい頃の話。
婆様が口をとんがらせて、浮くんじゃないかっていうくらいに羽ばたかせて俺に言った。
「あそこは通ってはならぬ。あそこは通れぬ道じゃてぇ」
あそこというのは、のっぱらに一か所だけぽつんとある、不思議な場所の事。
そこは通り抜けられない壁があると思ってちょっとその向こうを覗いたら、横が通れるという不思議な場所。
仲間がその場所を取り過ぎようと歩く姿はよく見たけれど、そこを通り過ぎた仲間はいない。
だから婆様は、そこを通れぬ道だと言って、行ってはならんと俺に言った。
なので、俺は通らなかった。けれど、興味はあったから、その近くには行った。
通らなければ、そこは無害だったからだ。
でも無事が過ぎると、気を付ける事をしないのが出てくる。
そういう奴は、決まって度胸試しと言ってそこを歩き、出て来なくなった。
婆様は、毎日毎日同じく、同じ事を繰り返した。
だから俺も忘れなかった。婆様が生きている間は。
婆様が居なくなって三日も経ったら、婆様の言葉が頭から抜け落ちていた。
何かをガーガー言っていたのは覚えている。老いた仲間が減ったという事も覚えていた。
婆様という言葉は出てきても、何故婆様と呼んでいたのか、いくら考えても出て来ない。
そんな状態の俺が何故、昔々の話を思い出せたのか。
答えは簡単だ。
俺も通れぬ道を通ってしまったから。
先客が俺に言う。
「とっても賑やかな場所にようこそ」
聞けば、この先を進むと、仲間の声が聞こえるらしい。その声の後、いくら待っても戻って来ないから、あの先は賑やかでとても居心地の良い場所なのだろうと、先客の話。
その先客も、気付いたら居なくなっていた。
誰かが居たのを忘れた頃に、俺は唯一勧める場所を進んだ。
そこから先の体の事は覚えていない。
だって今の俺は頭だけだから。
今、俺の体は皆が喜ぶ美味しいチキンになっている。