14 銭湯無双 前編
「さあ、始まりました。選んだ今宵の戦場は創業五十年の憩い湯です。半世紀もの間、庶民の癒し一時を支え続けた名店が、舞台となりました。ああっと、申し遅れました。わたくし、実況の風呂洗男」
「解説は私、銭湯好子でお送りいたします」
「さあ、好子さん。本日の主役が店の外に立ちましたよ」
「これは、外観を確かめているようですね。坊主頭の彼の名前は風呂場勝利。年齢は若い二十歳です」
「二十歳ですか。除法によりますと、昨今の住宅には必ず浴室があるので、この地域の若者は銭湯を訪れる事は無いという話でしたが、彼は物好きなのでしょうか?」
「いえ。今日は思い出の銭湯を尋ねたそうですよ」
「思い出巡りですか。地域にお金を落とし、ついでに垢も落とそうという事ですね。いやー、素晴らしい」
「男さん。彼が暖簾をくぐりましたよ」
「おおっとぉ、男女別々の入り口を何度も見返している。これはどうしたのでしょうか?」
「どうやら、彼の記憶の中と入り口が変わっていたため、念入りに確認したようです。間違えて女湯に入っては、その時点で終了となりますからね」
「風呂に入れず、体が洗えず、汚点で汚れてしまうという訳ですか。人生の汚点は一生ついて回りますからね。油汚れよりもしつこいですよ」
「でも大丈夫。彼はちゃんと男湯を選びましたよ」
「それは良かった。所で好子さん。本日の主役、風呂場勝利さんの装備はどのようになっているのでしょうか?」
「資料によりますと、手ぬぐい、風呂桶、固形石鹸ですね」
「銭湯装備の基本装備ですね。特に特質する点は無さそうですね」
「待ってください。映像を見てください。かなり年季の入った手ぬぐいと風呂桶ですよ。それに、着替えの下着を見てください。サイズの大きい白シャツとブリーフです」
「これは一体、どういう事だぁぁぁぁ!? 若者は現在、ブリーフよりもトランクス。持てるためならボクサーパンツという統計が出ています。汚れが目立ちやすい白パンツは敬遠されるので、ブリーフは選択肢にすら入らないという厳しい現実がありますが、これは一体どういう事ですか? 何か、何か意味があるのでしょうか?」
「今、確認してみますね。――うっ……」
「急に口元を抑えてどうしました、好子さん。一体何を見つけたんですか?」
「こ、これを……」
「資料のここからの文ですか? ええ~、こ、これは!? 感動。これは感動です。今日は彼のお父様の初七日だそうです。どうやら彼は今日、父親との思い出があるこの銭湯で供養をしようとしているようです。いやあ、実にお父様孝行な息子さんですね」
「私、ちょっとお化粧を直してきてよろしいでしょうか? この手のお話には弱くて」
「大丈夫ですよ、好子さん。素顔はプライベートなので、今の化粧崩れの顔もしっかりモザイクでブロックされています。御覧の皆様、勘違いしないでください。これは今、プライベート映像なのでブロックされているだけですよー」
「すぐに戻って参りますので、場繋をお願いします」
「気を付けて、好子さん。では、ここからは実況も解説も私が行っていきますね。っと、実況席の問題に対処している最中に、風呂場さんは既に服を脱ぎ終えたぁぁぁ。これは健全な実況ですので、期待していた方はお生憎様。私達はクリーンな番組を提供して行きます。銭湯だけに。彼は今、手ぬぐいを腰に巻き、桶を腰で抱えて居る状態で浴場に足を踏み入れました。ここで浴場の状況を説明します。席は五席ずつで分けられ、中央部分は壁を隔て向かい合う形になっています。備え付けのシャンプーや石鹸はありませんが、別料金を支払う事で両方とも使用できるようになります。また、入浴セットも自身の衣類以外は料金を追加する事でレンタル可能という、極限まで手荷物を抑えられる親切設定です。全て込みでも九百円はしない、この辺りではとても良心的な価格設定です」
「お待たせしました。彼は今、どうしていますか?」
「お帰りなさい、好子さん。彼は今、どの場所に座ろうかと全体を見回していた所です」
「恐らくですが、彼はかつて、お父様と座った席に座ろうと考えているはずです。ですが、憩い湯は五年前に一度老朽化で改築工事をしています。その際に席の配置を変えているので、思い出の席はありません」
「そうでしたか。おおっと、風呂場さんが動いたぁぁぁ。どこだぁ?どこの席に座るのかぁ!?」
「左の壁側の浴槽に最も近い席に座りましたね。好子さん、この状況をどう見ますか?」
「これは、当時の記憶に近い席を選んだのでしょう。あ、見てください。二つの蛇口を捻り始めましたよ。今からお湯を作るようです。ああ、切り替えました。シャワーに今、切り替えましたよ」
「本来なら、シャワーの前の状態で温度を確認するものですが……。しませんね」
「本当にそのまま、上級者でも難しい適温のお湯を作り出す作業に入りましたね。さて、風呂場さんは久しぶりに訪れたこの場所で、適温を生み出す事が出来るのでしょうか?」
「こ、これは……」