130 これみよがし
率直に言うと、岩清水はその男が嫌いだった。
「お~い、見てくれよ、岩清水ぅ~。これ、どう思う?」
男が見せてきたのはゴールドが目に痛い腕時計だった。
「ああ、凄く輝いてますね。純金ですか」
「はッは~ぬふ」
気持ちの悪い息の吐き方をする男だと、岩清水は自分の問いかけに対し、何時も最初にするこの反応が心底嫌いだった。
「見えた? これ、純金に見えた? でっもちがうんだな~。これ、ただの塗装なんだよ~。いやね、最近模型屋に行ったらさ、そりゃ眩い塗料があるじゃない。こりゃあもう、買うしか無いって思って買ったんだよ。で、腕に付けてるのは二千円するホームセンターで売ってた時計。もう一年着けてるんだけど、すぐに時間が遅れる困った奴なんだよ~」
安い給料で過ごしている訳じゃないのだから、もう少し良いのを買えば良いだろうと思う岩清水。しかし、そう返す元気は、過去に数えきれないほどに繰り返されたやり取りで跡形もなく擦り減ってしまっていた。
「それとこの革靴も見てくれよ。どう思う?」
「すごく黒光りですね」
「だっろ~う? 黒光りする奴は、引きつける魅力があるもんな。でもこれ、特別な黒なんだよ。ちょっと影に足を入れるから見てくれよ」
面倒臭いと思いつつ、視線を移した。
「な? 足が消えたみたいだろ?」
確かに、靴の輪郭さえも消え、男の黒い靴下の足首部分だけが妙に浮いている状態だった。
「これも模型屋に売ってたんだよ~。全てを吸収する黒ってふれこみでさ。凄すぎない?」
「そうですね。確かに凄いですね」
反応はおざなりだったが、岩清水は黒の塗料に内心では驚いていた。そして、どうせならその黒にお前も吸い込まれてしまえば良かったのにと思っていた。
「ど~だい? 今回も中々魅力的だったろう?」
「あ~、そうですね。凄い凄い」
雑に返しつつ、岩清水は机の引き出しからお菓子を取りだした。
「おや、一体何を取り出したのかな?」
「何って、ただのお菓子ですよ」
スティック状の甘くてキャラメル的なネッチャリ感の強いお菓子の袋を開け、噛み千切る岩清水。そして、これでもかとばかりにネッチャネッチャさせ始めた。
「お、おう。なあ、それ、どこに売っているものなんだい?」
「どこってそこらのスーパーとかコンビニに売ってますよ」
男の目には、岩清水のお菓子がとても魅力的に映っていた。
「す、スーパーかコンビニだね? 袋の写真を撮っても良いかい?」
「ええ、どうぞ」
岩清水は、商品名がはっきり分かるようにとカメラに向けた。
「おっけー、ありがとサンキュー。ちょっと外回りに出てくるよ」
男はそう言うと部屋を出て行った。
その姿を見て、岩清水はガッツポーズ。
何故なら、彼が探しに行ったお菓子は、岩清水が自作した一品物だったからだ。