128 落とし物
最悪だった。
靴底が剥がれ、ギャグアニメのキャラみたいな口をしていた。
ズボンは股から裂けている。おまけにチャックが噛み合っていないし、ボタンは細いと一本で辛うじてくっ付いているような状態だ。
ベルトに至っては、金具は問題無くても千切れていて調節じゃどうにもならなくなっている。
上着のポケットは何時の間にか底が抜け、連絡しようにもサイフが無い。電話は画面がひび割れていたのを何とか使っていたというのに、ポケットから落ちて昨日降った雨で出来ていた水たまりで水没した。
四十肩で腕は上がらないし、頭は鳥の糞がワンポイントなおしゃれを演出している。
こんな状況の俺を見て、誰もが皆距離を取る。
家までは歩きで三時間。こんな状態で帰れるのかと、心はボキボキに折れていた。
それでも歩き続けていた。
「あの」
後ろから声が聞こえた。でも、こんな状態の俺にじゃないと、気にせず歩いた。
「あのっ」
もう一度聞こえる人の声。さっきよりも声が大きかった。
でも違うだろと思い、歩き続けた。
「あのっ!」
上着を引っ張られた感覚があった。それでようやく自分だと分かった。
「何でしょう?」
見ればまだ酷い有り様の相手にも抵抗も躊躇もなく話しかけられる、社会に汚れても汚されてもいない年頃の子だった。
しゃがみ、その子の目線に合わせた。
「これ、落としましたよ」
見ればお金を入れて回して出てくるカプセルのそれに似た、黒い球体だった。
流石にこういうのを持ち歩いた記憶は無いから人違いだろう。
「ありがとう。でも、これは自分のじゃないよ」
この子の優しさにお礼を言い、立ち上がろうとする。
「落としたの見たもん。これ、落としてたもん」
と、強くその球体を俺に押し付けてきた。
つい受け取ってしまうと、その子はすぐに走り去ってしまった。
「俺の勘違いだったか?」
やはり、こんな散々な相手の傍に居るのは嫌だったのだろうと思った。
それから俺は、謎の球体を手慰みで弄った。
「これ、開きそうだな」
若干の隙間が出来た。そうなると中身が気になる。降ってみたが、音はしない。
しっかり固定されているのか、空なのか。
ここから俺と謎の球体との対決が始まった。
こねくり回して駄目ならと、途中で見かけた滝で滝行を始めた。
頭の糞も流したかったし丁度良い。
冷たい水温で心も引き締まる。
それで駄目ならと、今度は山に籠った。滝があるだけあって、山も在ったからだ。
正拳突きで木をへし折れるまで、眠るのも忘れて頑張った。
来ていた服は、修行の激しさで既に形は無い。
靴に頼っていた足裏も今じゃしっかり硬くなった。もう靴なんて要らない。そう思える丈夫さを手に入れた。
心技体と全てを揃え、俺は改めて謎の球体に挑んだ。
「ハァァァァァ……。セイッ!!」
万感の思いを込めた正拳突き。
土台にした硬い石がまず割れた。その割れ目に落ち、球体が二つに割れた。
「やった。やったぞぉぉぉぉっ」
達成感が俺の体を、心を満たしていた。
そう。俺は確かに落としていた。
立ち向かう勇気と挫けぬ心と強い意志。
目に見えないそれらが、この球体には確かに入っていた。