13 おやくしょう仕事
近頃のファッションは、たまに特集される各時代の流行よりも、更に輪をかけて理解に苦しむ。
それが自分の子の世代のものなら、頭だって抱えるものだ。
私がこの問題に直面したのは、中学生二年生になった息子が、父親の私にお金が欲しいと言ってきた事が始まりだった。
「月のおこずかいじゃ足りないのか?」
息子に訊ねるとそうだというじゃないか。
我が家のお小遣い事情は、交通費や通学中の日に一回の飲み物代は私達持ち。電話代も基本の料金はこちらだ。それで月五千円。部活をやっている訳じゃないし、遠出をするようなアクティブな子でも無い。これまでも問題無くやって来たので、どうしたのかと思った。
「ゲーム機が欲しいとかか?」
用途を聞くと、息子は首を横に振った。
「服が欲しいんだ。今流行りの」
「おお、自分で服選びをしたいという事か。確かに、かっこよくなりたい年頃だしな。父さん、若い子の流行に疎いから、どんなものが流行っているのか教えてくれないか?」
仕事に役立つ、という訳では無いが、息子との会話が増えるのだ。子の成長をみたい。何を良いと感じているのか。そういった今の好みを知る良い機会だった。
「良いよ。ちょっと待ってて」
私が好意的な対応をしたからか、息子は軽快な足取りで席を外した。
(きっとファッション誌だろう。自分なりに情報を精査してこれだというものを見つけたのだろう)
雑誌を買う姿を想像し、幼い頃の色々と危なげな姿とは違うのだろうと感慨に浸っていたら、息子が戻って来た。
「お父さん、これが流行ってるんだよ」
「ほう。どれどれ……」
それから私の意識は、何処か遠くの別の時間へと飛んでいった。
「お父さん? お父さんっ!!」
肩をゆすりながら声をかけられたおかげで、私は戻って来ることが出来た。
「す、すまない。今、宇宙の真理が分かりかけていた」
「お父さん、大丈夫? 疲れてるの?」
「ああ、そうだな。ちょっと、急に疲れが出てきたかもしれない。母さんにも話を聞いてみたらどうだ? 財布を握っているのは母さんだから、必要だろう?」
「お母さんかぁ。でも、うん。話してみるよ。あ、それは貸してあげるね」
妻は財布のひもを締める時はとことん締める。だから息子もちょっと躊躇いがあったのだろう。
「ありがとう。少し休んだら、読ませてもらうよ」
私は雑誌を片手に、寝室で横になる事にした。
「お母さん、ちょっと相談があるんだけど……」
洗い物をしている所に息子がやって来た。
こんなに下手に出るだなんて、遊び道具が欲しいのかしら?
「どうしたの?」
「うん。欲しい服があるんだ」
これを聞いた時、私は息子の成長が嬉しくなった。息子が余りにも服に関心が無かったから、そういうのには興味が無い子なのだと思っていたけれど、違ったみたい。
「どんな服が欲しいの? 画像とかある?」
息子にそう尋ねると、準備が良い事に、背中から雑誌を取り出した。
「準備が良いわねぇ。今の雑誌ではどんな服が流行っているのかしら……」
雑誌を受け取ると、付箋が目に留まった。どうやら、これが貼られているページにお目当ての服があるみたい。
さっそく付箋のページを開くと、私の手が止まった。
「あのね、これが欲しいんだ」
楽しそうにページを指差す息子。その指先には、私が一番あり得ないと思ったコーディネートがあった。
「あー、これね。これねぇ……」
これは流石に無いと思ったけれど、私が学生時代にも親に理解されないファッションが流行っていた。時代に取り残されたとは思いたくないけれど、こんなのが流行っているのなら、取り残されても良いと思うほど。
けれど、それを息子には言えなかった。服に関して、初めて自主性を出したのだから。これを否定すれば、息子は一生服に頓着しない子になるかもしれない。
そうなる事を私は恐れた。
「どうかな、お母さん?」
キラキラした息子の目。とりあえず、今ここで判断してはいけないと思った。
「お父さんと話してみるわね。もう少し待てる?」
夫と相談し、この家庭内の最大の問題を解決しよう。私はそう考えた。
「うん、分かった。その本、貸したげるね」
期待に満ちた表情で、息子は素直に引いてくれた。
「そうか。そうやって回したか」
「ええ。まさか、あなたから私に回されていただなんて……。道理で動きがスムーズにだと思ったわ」
息子が寝静まった後、私達は家族会議を開いた。そこで、時系列がはっきりした。
「それでだ。これ、どう思う? 私は正直に言うと……」
「私も、これが流行っているだなんて信じられないわ。流行に詳しいママ友からもこんなのが流行っているなんて聞いた事も無かったし」
情報通も口にしないファッション。それに私達は懐疑的だった。
「もしかすると、これはファッション誌が流行らせたいから載せているだけじゃないのか?」
「こんなのを? いくら奇抜なものを流行らせたいからって、これは無いでしょ。これは」
「まあ、うん。私もそう思う。同性から見てもこれはなぁ……。昔の芸人だって、こんな格好でテレビに出た奴は居ないぞ」
「裸同然なら昔から何人も居たけれど、これはねぇ……」
私達は、息子から渡された二冊のファッション誌を眺めつつ、ありか無しかを議論し続けた。
そして、夜が開けた。
「お父さん、お母さん。服の事、どうかな?」
息子が起きて一番にそう訊ねてきた。
私達は、互いに顔を見合わせ、家族会議の結果を報告した。
笑顔を作ったつもりだけれど、今の私達の笑顔は苦笑という表現がピタリとハマるほど、無理矢理だった。
これも息子の成長のためと、私達は決断したのだ。
「もうすぐお祖母ちゃん達が来るでしょ。その時に聞いてみると良いわ」
「ああ。孫のおねだりだ。聞いてくれるかもしれないぞ」
そう。私達は、自分達の両親にこの件をたらい回す事にした。
頭にトランクスを被るなんてファッション、私達は認められなかったから。