122 スノーエンジェル
僕の教室には天使が居る。
とても透き透き通った肌は、外からの光を吸収しているのか、何時も雪の反射のように輝いているように見えた。
彼女の周りだけ、違う空気が流れて、別の世界がそこにだけあるように思えていたんだ。
別の言葉で言い表すのなら、高嶺の花。
でも、彼女は薄暗い僕らの世界にも手を伸ばしてくれる。声をかけてくれる。
彼女は誰とでも明るく、親し気に会話してくれる。
そんな彼女を好ましく思っている男子は多い。僕も、彼女が放つ光に吸い寄せられた一人だった。
転機が訪れたのは、彼女は女友達と会話をしていた時だった。
「そういえば、あまっちって兄妹居るんだっけ。どんな感じの人なの? この教室の中で雰囲気とか似てる人居る?」
あまっち。それは同性の友人が彼女を呼ぶ時に使われる愛称だった。
「お兄ちゃん? うーんとねぇ……」
(へえ、お兄ちゃんが居るんだ。それに、お兄ちゃんって呼ぶんだ)
彼女にお兄ちゃんと呼ばれる場面を想像し、出会ったことも無い彼女の兄に嫉妬をしてしまった。
自分もできれば、そんな風に呼ばれたい。だって、同じ教室に居るだけのすぐに忘れられるような存在よりも、今後も続く家族としてなら、ずっと傍に居られるんだから。
付き合うなんてそんな事は、僕程度の身の程じゃ叶うはずも無いんだし。
「あ、岩清水君かな。なんか、緊張とか無く話しやすいし」
(ぼ、ぼぼ、僕がお兄ちゃん!?)
天にも昇りそうな感覚だった。心の中ではサンバカーニバルと当選確実とが同時にやって来たかのような大騒ぎだった。
(ありがとう、神様。僕、彼女に告白するよ)
単純に舞い上がり過ぎて、この時の思考がよく分からない。
でも、家族のような親しみを感じてくれているのなら、可能性としてはかなり高いと思ったんだ。
プランを練りに練って、僕は遂に彼女を呼び出す事に成功した。
場所は人気の無い放課後の空き教室。
彼女は、下校をすぐにするのでは無く、しばらく友達とおしゃべりするタイプだから、そのおしゃべりの時間を少しだけ削ってもらった。
目の前に彼女が居て、何時もとは違う一対一で向かい合っている状況はとても心臓に悪いけれど、僕は彼女のお兄ちゃんに似ているというその発言だけを支えにこの場で正気を保っていた。
「それで、伝えたい事って何?」
彼女からしてみたら、呼び出される理由なんて一つも無い。不安やら心配やらで表情に力が入っている天使様もまた可愛い。
(はっ、いけない。今の彼女の表情もずっと見ていたいけれど、もっと良い表情も僕はみたいんだ!!)
勇気を振り絞り、僕は彼女に思いの丈を伝えた。
「ずっと隙でした。付き合ってください」
言えた時、僕は何故か正拳突きの構えになっていた。
彼女は、僕の言葉に対し、秒で答えてくれた。
「はっ? お兄ちゃんに似てる人とか無理なんですけど」
今まで、教室では聞いた事の無い口調だった。
「あ、いけない。驚き過ぎて、素で返しちゃった。ごめんね、岩清水君。私、家族に似てる人とは付き合えないんだ」
言い直して再度のお断り。
「そ、そっか。ごめんね、急に呼び出したりして。うん、ごめんね」
気まずい。失敗の後の気まずさは、これ絶対に美味しいと思って買って失敗したのと同じくらい辛かった。
「じゃあ、友達待たせてるから、もう行くね。ほんとにごめんね」
両手を合わせ、何度も謝ってくれる彼女。そんな姿もまた可愛らしかった。
でも僕は、それよりも素で断られた時のあの表情が良いと思った。
お兄ちゃんは、何時もあんな表情を見ているのかな……。少し羨ましかった。