113 飯は出来ているか?
一月ぶりに男が帰ってきた。
家の戸を開け、出迎える妻に男は言った。
「飯は出来ているか?」
妻は言う。
「はい、出来ています」
「そうか」
男は、唯一の荷物を妻に手渡した。
「湯の準備も出来ています」
荷物を受け取った妻の知らせに、男は頷いた。
風呂場へ向かい、男は烏の行水のように手早く身を清めた。
何せ、飯が待っている。待つ訳にも、待たせる訳にもいかないのだ。
身綺麗になった男が浴室を出ると、先ほど手渡した荷物と妻が出迎えた。
「では、行こうか」
「はい」
男の言葉に妻は頷き、共に並んで広間に向かった。
広間には、親戚一同が集まり、談笑していたが、二人の姿を見るとシンと静まり返った。
二人は、それぞれに荷物を分け、左右からそれを親戚一同に配っていく。
不備無く配り終えると、二人は自分達の席へと向かい、皆に言った。
「皆が集い、囲う今日この日。皆が家族と、食を共にし、絆としましょう。いただきます」
言葉と共に、自身が持ってきた物を掲げる男。
それに続き、皆が掲げ、口を揃えて言う。
「いただきます」
そして始まる食事会。
これは、とある地域に住まう箸職人が夫婦となった時に行われる行事。
箸渡しとも、家族箸とも呼ばれるこの儀式は、両家の親族を集め、皆に箸を配り、同じ食事を食べる事で絆を結ぶとされる、箸職人伝統の行事である。