111 味噌汁
それは朝食の時に起こった。
「おい、なんだこれは!!」
父の怒声。その声の大きさに、私と母は驚く。
「いきなりどうしたの、あなた」
支度中の母が父へと振り返る。
「結婚する時、言ったよなぁ? これはなんだ」
何だとは何か。父が指差す先には、お椀とインスタント味噌汁の袋が一つ。
母が指を指した先を確認したのを確認すると、父は言った。
「毎日味噌汁を飲ませてくれるっていったよなぁ?」
「だから毎朝よういしてるじゃありませんか」
「こんなお湯を注ぐだけの物が手料理と言えるのか?」
父がめんどくさいし、起こる理由もしょうもない思いつつも、母の手料理では無いなという事だけは分かる。
「あらやだ。それで完成だなんて言ってないじゃありませんか」
母は何時もの調子でそう言うと、お椀の中に味噌汁の元を入れた。
「ここで乾燥ワカメを一つまみ」
パラパラリと加える母。
「ほら、私の手が加わったお味噌汁よ」
それも流石に無理があると思いつつ、父の方に視線を向ける。
「あのなあ。それで言ったら味噌汁に玉子落とせばかきたま汁になると言ってるようなもんだぞ」
「あら、それならお味噌汁に納豆を入れて納豆汁にもなるわね」
互いに煽っているのか、二人の間で言葉と味噌汁の応酬が始まる。
「鮭とば入れて鮭の味噌汁と言えるのか?」
「シーフードを入れて豪華に海鮮汁なんていうのも良いかもしれないわね」
「なら豚肉を入れて豚汁でもありだよな」
「それならとろろを入れてになりますね」
キリがない二人のやり取り。いや、それよりもまず止めないといけない。
「ねえ、二人とも。言い合いながら言った具を加えたお味噌汁作るの止めない?」
インスタント味噌汁のお徳用を使い切り、テーブルはお味噌汁だらけ。
一体どう処理するつもりなのだろうか。
確認のために私は尋ねた。
「二人とも、それ、全部捨てるの?」
すると二人は私に言った。
「母さんが作った物を残すやつがあるか」
「お父さんが作った物を残す訳無いでしょ」
実に息の合った否定だった。
そして二人は片っ端から互いの作った味噌汁に手を伸ばしていった。
私は、そんな二人を見て、早く家を出ようと思った。