110 エンドレスダンス
病院で受付を済ませた後の時間はどうしようもなく暇になる。
あそこで自分の世界に入れる人を、俺は心の底から尊敬するね。
何時ものようにそんな感じでボケーッとしていたら、一人、おかしな奴が入ってきた。
フラミンゴの羽みたいなのを広げて中に入ろうとしているもんだから、幅が足りなくて四苦八苦しているんだ。
そんな危ない奴に声をかける物好きは居らず、そいつは一人で悪戦苦闘していたよ。
やっとの事中に入ると、そのまま真っすぐ進んで、座席にも通行にも一応は配慮している素振りを見せていた。
何をするのか知らないが、どうして病院側は警備員を呼んだりしないのか不思議だった。
それに、周囲の人間が、俺を除いて皆が無視を決め込んでいる。訓練された一般市民のような状態で、俺がドッキリをしかけられているのかと疑ったくらいさ。
で、俺がそんな事を考えていたら、相手は無音で妙な踊りを踊り始めた。
両手を広げてバッサバッサと動かしたり、ネジが回転するような様を表現した動きをしたりと、とにかく訳が分からなかった。
あんまりにも奇妙な踊りだったし、声をかけるのも怖くて最後まで見てしまったよ。
で、踊り終わると男はやり切った表情で額の汗を拭っていた。
俺は、一体何だったんだと思いつつ、ジィーッと見ていたよ。
そしたら、その男と目が合ってしまった。
最初はああ、偶然ね。みたいな雰囲気の男だったんだ。けれど、いや待てよ、みたいな感じで二度見、三度見してくる訳だ。
その度に視線がぶつかる。俺も止せば良いのに、もう目線が男にしか向いてなかったんだよ。
そしたら、男がこっちに近付いて来るじゃない。
俺の目の前に来たらさ、目線を合わせて上半身を左右に動かすんだよ。
そんなの、耐えられないからさ、噴き出すよね。
俺の反応を見て、男も確信したんだろうね。なんか一枚の紙を俺に手渡してきたんだ。
何かと思って見て見ると、絵で分かるさっきのダンスの流れだったんだ。
「おい、これは一体――」
顔を上げると、そこにはもう男は居なかった。
で、直後に岩清水さんって呼ばれたもんだから、探す事も出来んかったよね。
紙を貰ってから数日が経った。
あの日、俺は入院する運びとなっていて、今は病院のベッドの上だ。
やる事なんてなーんにも無いから、暇で暇でしょうがない。
寝て過ごす事も出来なくなっていた時、あの紙の踊りをやってみようと思った。
カーテンを閉めれば人の目なんて気にならない。
で、踊ってみた訳よ。寝たきりってのも体に悪いしね、簡単な動きだけだったから、時間潰しにそれから踊るようにした訳さ。
何度か踊った後の検査でね、先生が驚いていたね。
「あなた、どうして入院してるんですか?」ってさ。
そりゃあ、そちらに悪いと言われたからなんだけれども、どうやら疑わし方箇所の他にも血液の数字も健康を示す値になっていると言われた。
検査に誤りがあったんじゃないかって、先生はちょっと気が気じゃない表情をしていたね。
それから一日置いてもう一度検査をする事になった。
その間に、暇そうにしていた入院中の子どもと知り合い、あの変な踊りを教えてみた。
再検査までの間、やたらに病院内が忙しそうにしていたなと思った。
その後、再検査の結果も一度目と同じという事で、俺は退院する事になった。
一応の経過観察という事で、一月後に俺は病院にやって来た。
中に入る途中で、やたらに退院していく人とすれ違った。
そういう日なのかと思いつつ中に入り、検査をしてもらった。
「うん、健康体ですね。本当にね」
何か意味が込められているような感じに聞こえたから、先生にどうしたのかと尋ねてみた。
「個人情報は言えないんだけどね。うちの病院でおかしな踊りが流行り出してから、おかしな事が起こっているんだよ」
おかしな踊りという部分が引っかかり、俺はどんな踊りか尋ねた。
すると、俺がおかしな男から教わったあの踊りだった。
それが分かると、どんなおかしな事が起こったのかを尋ねてみた。
「最初は状態が悪化する人が多かったんだよね。けれど、今の踊りを踊り始めた人から、本来なら進行を緩めるのが限界だった病気まで治って退院する人が続出したんだよ」
自分が見た隊員行列もそれの一つだったのだろう。
「入院していた時、あの踊りを踊り始めた人を見た事はない?」
先生に言われ、最初に踊ったのは自分だとは言えなかった。
どれだけ質問されようとも、誰も信じないだろうし、俺も答えられ無いと思ったから。
結局、俺は知らないと答え、病院を出た。
しばらくして、病院の前を通ると廃業していた。
何だか悪い事をしたなぁとは思うけれど、仕方が無い。
だって今、世界中であの踊りが踊られるようになり、病気という存在が無くなってきているのだから。