107 はこいり娘
結婚してから早半年。
まだ新婚ほやほやの範疇だと思うのだが、我が家というよりも私史上、最も大きな事件が起こっていた。
「少し、話をしたい」
私はそう慎重な面持ちで妻に言った。
「どうしたのですか?」
妻は、只事じゃないと分かり、心構えをして私と向き合った。
突然だが、私の妻は、俗に言う箱入り娘だった。
とても大事に育てられ、幼い頃から様々な習い事をしていたそうだ。
そのため、何をするにも所作が美しい。何をするにしてもそつがないのだ。
漫画などでよくある世間知らずな面は滅多に見られない。
そんな彼女に一目ぼれした私は、猛烈にアタックし続けた。そして交際し、最難関と思われたご両親への挨拶をし、結婚に至った。
結婚の前に同居生活もしていたから、共同生活という部分においては二年ほど経っている。
その間、互いの生活や習慣においての不一致は見られなかった。
だから結婚まで進む事が出来たのだが、まさか結婚後にこのような事態になるとは想像もしていなかった。
「何があったのですか?」
場所を移し、互いにテーブルを挟んで向かい合う私達。
妻が改めて訊ねてきた。
「今まで、君には不満なんて一つも無かった。自分にとって最高の妻だと思っている。それは揺るぎない事実なんだ」
「それは嬉しく思いますが、では何故そのように辛そうな表情をしているのですか?」
彼女は、見当もつかないという表情。ああ、分かっているさ。彼女は自覚が無いのだから。
「週三回やっているあれを止めてはくれないだろうか?」
これ以上濁してもしょうがないと、私は妻に言った。
「あれと言いますと、あれですか?」
「そうだ。何故あんな事をしているのか、私には全く理解が出来ないんだ」
始めて見た時は、何事かと思った。それに、何処から調達したのかと思っていた。
「あれは私のような生まれの人がやる行為で、家族にしか見せてはいけないと言われていたものですよ」
夫婦であるし、あれを目撃したのは、確かに結婚して家族になってからだった。
そういう意味では、私はちゃんと家族の一員なのだろう。
でも、私には理解出来なかった。そもそも、そんな風習など聞いた事が無い。
「どうしても止める気は無いのか?」
最終確認だと、私は妻に尋ねた。
「幼い頃からしてきた事です。もはや止められません」
妻の意思は固かった。ならば仕方が無い。
「すまない、別れてくれ」
深々と頭を下げ、胸が締め付けられる思いで言ってしまった。
「どうしてですか? 何故そこまで?」
妻は突然の離婚の申し出を受け入れられないと、立ち上がる。
夫婦関係を終わらせるほどの事では無いはずと、妻は本気で思っていた。
「箱を炒る妻の姿が堪らなく怖いんだ。訳が分からな過ぎて!!」
そう、彼女はチャーハンでも作るように、サイコロサイズの箱を週に三度、何故か炒めているのだ。
これを奇行と言わずして、何を奇行というのか。
「分からないって、どうして? 私は箱入り娘だったのよ。箱を炒るのにこれ以上の理由がありますか?」
私達に隔たりなど無いと思っていた。しかし、今は姿すら見えないほどに遠い隔たりが私達の間には出来てしまった。