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なんだこれ劇場  作者: 鰤金団
110/166

104 感想剤

 私は読者を感動の涙で溢れさせる事に長けた作家岩清水。

 出す本出す本、皆全世界が泣いた、百万リットルの涙、この涙は川になる、とかの帯が付けられて随分経つ。

 それだけの人の心に私の作品が響いたというのは素直に嬉しい。しかし、最近は食傷気味だ。

 この前なんて、この地球ほしの海は涙だ!! とか帯に書かれていて、もう笑うしかなかった。

 岩清水の体は私達の涙で出来ている。なんて文句も怖いわーとか思いつつ、よく考えたなと変な笑いが出たもの。

 なので、新しい感想が欲しい。そう思った私は、全然危なくないクスリを手に入れた。

 その名は感想剤。海を越えた向こうで精製された何とかという成分が人に作用し、感想を引き出せるという。

 使う場合は、感想が欲しいものに振りかければ良いと、とってもお手軽で簡単だ。

 私は、担当以外ではまだ誰にも見せた事の無い新作に感想剤を振りかけた。

 その場で吐くほど泣いたと、プールに入ったのかと思うほど目を真っ赤にさせた読後の担当の言葉を信じるなら、とんでもなく泣ける作品らしい。

 タイトルが「ゆで卵」なのだが、タイトルだけでも泣けるというから、人の条件反射は理解出来ない。

 そんな担当の話はさておき、この新作を読んでもらう相手はもう決めている。

 私の可愛い可愛い姪っ子だ。

 彼女は多感な中学二年生なのだが、あまり感情が表に出ない。

 この感想剤を使えば、私は新たな感想が聞けるし、姪っ子が普段どのような事を考えているのかも分かるという一石二鳥な作戦だった。



 ――作戦当日

「これ、おじさんの新作なんだ。ちょっと読んでみてくれない?」

「いいですよ」

 姉の家に向かい、お願いすると、姪っ子は言葉少なに新作を受け取ってくれた。

 感想が聞きたいと予め言っておいたので、彼女は部屋に戻ってすぐに読み始めてくた。

 一週間くらいかかるかなと思っていたら、その日の夕方に電話がかかってきた。

「もしもし、全部読んでくれたの?」

「うん、読んだよ」

 普段から読書をしているのか、けっこうなハイペースで読み進めてくれたなぁと思った。

「じゃあ、さっそく感想を聞かせてもらって良いかな?」

 姪っ子は電話越しに返事をした。

 そこから始まる彼女の感想会。



「養鶏場で始まる友情。中学生時代のそれぞれの恋愛を越えた先での変わってしまった二人の関係。もう戻れない、戻せない関係をタイトルのゆで卵で表現してたんだね。すごいねー。最後の二人の言葉が涙を誘うみたいだね。感動したり、泣けちゃうね」



(か、感想……会?)

 何時間でも感想を言ってくれると思いきや、三分も経っていない。

 そして、ただ状況を並べ立て、全く感情が込められていない、ドライな感想しか返って来なかった。

「ええっと、それで全部?」

 私は、クスリが聞いてないのかと思い、確認した。

 その名前の通り、もっと自分の全てを言葉にするような勢いで言葉が出てくると思うじゃないか。

「無いよ。あー、そうなったんだって思っただけ。おじさんのファンなら喜ぶんだろうなって思ったよ」

 つまりは、先程の感動したり、泣けちゃうというのは自分の感想では無く、世間はそうなるだろうなという想像だったという事だ。

 これはつまり、彼女は言語化出来ないほどの感情が渦巻いているのではなく、普段から特に何も考えていないという事だ。

 感情が表に出ないのではなく、動くような感情を持ち合わせていなかったという事だ。

 それが分かった私は、ただただ可愛い姪っ子の心を動かす事も出来ない、奢っていた自分の未熟さを痛感させられていた。

 因みに、本は私の歴代の中で一位に輝くほどの売り上げとなった。

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