103 桃が流れて
昔の話なんですけどね。まあ、自分が二十歳くらいの頃ですよ。
近所の川にふらりと立ち寄りまして、ボケーッと川の流れを見つめていた訳ですよ。
そうしたらね、視界にでっかい桃が飛び込んできた訳ですよ。
いやいや、おとぎ話じゃないんだからって、皆さん思いません? 思いますよね。
でもね、どう見ても視線で追うと桃にしか見えないんですよ。
で、川の先にもっと近付ける場所があるのを知ってたんで、自分、追いかけて行ったんですね。
追い付いたら、まあ、抱き抱えられそうなくらいな大きさだなぁって思いまして、川から出したんですよ。
皆さん、桃って手に持ってみた事ありますかね?
毛が生えてるんでもさもさしてると思ったんですけど、ちょっと手に付く感じだったんですよ。
あれ、これ桃じゃないぞって思いまして、驚いてドカッとごっつごつの地面に落とすの怖いな~って思ってそっと置いて逃げましたよ。
五~六メートルくらいかな。そしたらね、桃が動き出したんですよ。
「いや~、助かりました」
普通にしゃべりだしたんですね。
そこで、あ、人だったって分かったんですよ。
で、うわ、尻だったのかよって、きっしょって思ったんですね。
だって、桃の形で人語を話すって、それ、お尻じゃないですか。
「ちょっと、聞こえてます?」
なんか引いてたら、尻が自分に話しかけてきたんですよ。
「あ、すみません、けっこうです」
「はは”尻“だけに。上手いですね~。って、尻じゃない!!」
一人で受けて、一人で突っ込んでるんですよ。
うわ、何こいつ、怖ってなるじゃないですか。
もう逃げよって思ったんですけど、思ったんですよ。
「尻じゃ無いのなら何なんですか?」
冷静に相手見たら、便宜的に言いますけど、尻以外の部分が無いんですよ。手触りは桃じゃないですし。なら何なのって思うじゃないですか。
「私は和菓子だ」
もうね、ハァ? って顔文字付きで出そうでしたよ。
「何で和菓子が普通に話せるんですか?」
擬人化なんて、創作の世界ですし。自分、幻覚見るような物使ってないですし。
「私は川の先にある和菓子職人のお店で毎日毎日練られては割れ目を入れられてきた桃の和菓子の精なのです。ある朝、生まれた私は思いました。割れ目を入れられるのは嫌だと。そうしてひっそり転がり、川に逃げ込んだのさ」
「いやいや、和菓子って言っても手の平に納まるくらいの普通のですよね。何で抱き抱えられるくらいに大きくなってるんですか」
「そこは初めて泳いだ川の中。はしゃいじゃって、たくさん飲んじゃったんですよ」
「いやいや、それ、溺れてるって言うと思うんですけど」
「和菓子、窒息とかしな~い」
そうかもしれないけれど、まあ、言い方が腹立ちますよね。
やり返したいって思いに駆られましてね、一矢報いる事したんですよ。
「和菓子言うけど、さっき、ねっとりした感じの手触りだったんだけど。痛んでない?」
「な、何て事を言うんだ。和菓子無し!!」
人でなしと言いたかったのかもしれませんが、まあ、意味が分からないですよね。自分、人間ですし。
で、和菓子が怒り出したんですけど、ピューピュー水を噴き出るんですよ。
その体、噴水なの? って感じで。それで、どんどん脱水されて小さくなっていくんですよ。
あっという間に手の平サイズ。地形と距離的に見えなくなって不便だなって思ったから近付こうとしたんですよ。
そしたらビュッて何かが横切ったんですね。
和菓子が居た場所に近付いてみると、もうそこに和菓子は居ない。
さっき横切った存在が向かった先を見たんですよ。
そしたら鳥だったんですね。
もうね、荒れ食べて鳥のお腹大丈夫なのかなって、それだけが心配でした。
もうこんな妙な経験したくないんでね、一人では川とかには行かないようになりましたよ。