102 青信号を渡るな
とある横断歩道傍で厳しい表情をした老婆が同じ言葉を繰り返していた。
「青信号を渡るな」
老婆が何度繰り返しても、誰もそこに人が居ないような反応で通り過ぎていく。
皆が、頭のおかしくなった人だからと無視をしているのか。目を合わせてはいけないと思っているのか。
「青信号を渡るな」
それでも老婆は同じ事を言い続けた。
「おばあちゃん」
ある日、そんな老婆に声をかける若者が現れた。
老婆を無視している人々は、そんな物珍しい光景にも目もくれない。
「青信号を渡るな」
老婆は若者に訴えた。
「どうして青信号を渡ったらいけないの?」
若者が尋ねると、老婆は答えた。
「青信号だからと、すぐに進んではいけないんじゃ」
若者は、なるほどと相槌を打った。
そしてこう言った。
「おばあちゃん。あれは緑信号だから大丈夫だよ」
若者の言葉を聞いた老婆は、途端に穏やかな表情になった。
「そうかい。なら、安心だねぇ」
老婆の体は徐々に透け始め、向こうの景色まで見えるようになった。
「うん、安心して逝ってね。おばあちゃん」
老婆は若者の言葉に答えるようににこりと笑みで応えて消えてしまった。
それ以降、この横断歩道では事故が頻発するようになった。
若者は、ノルマ達成のために一芝居を打った悪魔だった。